朝日新聞社長による謝罪会見へつながった「吉田調書」問題。先鞭をつけたのは、週刊ポスト6月20日号(6月9日発売)が掲載したジャーナリスト・門田隆将氏によるレポート〈朝日新聞「吉田調書」スクープは従軍慰安婦虚報と同じだ〉だった。門田氏は、福島第一原発所長だった吉田昌郎氏を生前、唯一インタビューしたジャーナリストである。朝日新聞が書いた「所長命令に違反 原発撤退」はあり得ないと主張した門田氏に対し、朝日はどう答えていたか。改めて、全文を紹介する。
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(門田隆将 朝日新聞「吉田調書」報道の罪 全文掲載【4/6】のつづき)
この時の状況説明で意図的なのか、朝日が「省略」している部分がある。
それは、この直前に菅直人首相が東電本店に乗り込み、テレビ会議を通じて、痛烈な演説をおこなっていたことだ。
「事故の被害は甚大だ。このままでは日本国は滅亡だ。撤退などあり得ない! 命がけでやれ」
「撤退したら、東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げきれないぞ!」
撤退を“全面撤退”と勘違いした菅首相の凄まじい怒りは、テレビ会議の画像と音声で福島第一の緊急時対策室にも響き渡った。
サプチャンから大きな音が響き、圧力がゼロになったのは、その直後のことであり、吉田氏が、「必要最小限の人間を除いて退避」を命じたのは、そんな時だったのである。吉田氏はその時、突然、作業用ヘルメットをかぶっている。これこそ吉田氏の苦悩を表わすものだったと私は思う。
「撤退したら、東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げきれないぞ!」
吉田氏は一国の総理がそう言い放った直後に、福島第二に「必要最小限の人数」を除いて部下たちを退避させなければならなかったのである。この状況を考えれば、吉田氏の行動や発言の意味はすぐわかるはずだが、朝日の記事では、そんな事情には触れられていない。
菅首相の演説があるさらに前、すなわち15日未明に吉田氏は緊対室から廊下に出て、協力企業の人たちに対してこう叫んでいる。
「本当に今までありがとうございました。協力企業の方々はお帰りいただいて結構です」
その後、体力の限界だった吉田氏は、朝4時から5時頃、自分の席からぺたりと床に座り込み、座禅をするような格好で、物思いに耽った。それは「一緒に死んでくれる人間」の顔を思い浮かべる強烈なシーンにほかならなかった。