【著者に訊け】花村萬月氏/『弾正星』/小学館/1700円+税
その年、見たこともない〈帚星(ほうきぼし)〉が流れたことは、因果はどうあれ史実が記す。松永弾正こと久秀が、信長所望の茶釜「古天明平蜘蛛(こてんみょうひらぐも)」を抱いて自爆した、天正5(1577)年秋のことだ。
戦国の梟雄(きょうゆう)と恐れられた悪人の死と、史上最大級の彗星接近は偶然重なっただけかもしれないが、人々はそれを『弾正星』と呼んだ。果たして吉兆か・凶兆か、渦中の者には知る由がないのも、また歴史ではある。
さらに人の世でわからないものの一つが「人間の相性」だと花村萬月氏は言い、何かと謎の多い久秀の生涯と、後に彼と義兄弟の契りを結ぶ〈丹野蘭十郎〉の“男同士の関係”を、本書は描く。
「蘭十郎は俺の創作だけど、事実関係は一通りのものは読んで調べてはいます。要するに俺は単に史実を翻訳した時代小説じゃなく、時代劇が書きたいんだよね」
書や茶の道に通じ、性技指南書まで残した教養人は、信長や三好衆に離合を重ね、東大寺大仏殿の焼き討ちや将軍義輝暗殺にも関わったとされる。だがこれは「悪」なのだろうか?〈死ぬまで生きる〉を唯一の信条とした稀代の大悪人は、要するに早すぎただけなのだ。
「女好きのホモ」を、かねがね自称する。
「結局、女と遊ぶより男と遊ぶ方が、楽しいんだよね。一緒にバカをやったり風俗へ行くだけで虚構を共有できた気がするし、『一緒に女を知った仲だから一生信じられる』なんて、女同士にはない感覚だと思う(笑い)。かと思うと相手は何も悪くないのに気配がいやだとかで大嫌いにもなる。セックスが介在しないからこその相性の理不尽さも小説を書き進める隠れた軸になりました」
出会いの時、久秀は時の管領細川晴元の重臣として実権を握る三好範長の若き右筆(ゆうひつ)、蘭十郎は老母を抱えて職に窮していた。三好家の右筆に空きがあると聞き、幼馴染の雄之進と字の巧さを売り込みに来た蘭十郎は、久秀の才気と毒気にのっけから翻弄されることになる。
それは勤めを切り上げた久秀との帰り道、彼は何が気に障ったのか、戯言紛れに刀を抜き、雄之進の首を突然刎ねたのだ。あまりのことに立ち尽くす蘭十郎になぜか久秀は家を案内させ、京の場末に建つあばら家で醜く寝入る老母の姿を見て、しきりに涙を流すのである。