【書評】『真相 マイク・タイソン自伝』マイク・タイソン著 ジョー小泉監訳 棚橋志行訳
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
マイク・タイソンが少年時代から現在までを赤裸々に語り下ろした自伝は日本語版で650ページもの大著だが、全編桁外れのエピソードの連続で、あまりに濃密な内容に息を呑む。
1986年11月、20歳のとき、タイソンは史上最年少でプロボクシング世界ヘビー級チャンピオンの座に就いた。だが、栄光を獲得したときすでに破滅と転落への道は始まっていた。
自分の才能を見出したトレーナーで、人生の師でもあったカス・ダマトが前年に亡くなっており、タイソンは常軌を逸した放蕩に浸った。浴槽まで設えたロールスロイスのリムジンを乗り回し、一度に200万ドル、300万ドルを使って宝飾品を買い、クラブの女ばかりか街ですれ違った女まで、その場ですぐにベッドに連れ込んだ。防衛戦の前夜に何人もの女を抱き、誕生日にはホテルに20近い寝室を用意させた。
そんな無軌道の報いを受けるように、負けるはずのない相手にKOされてタイトルを失い、最初に結婚した妻から金目当ての訴訟を起こされ、そして合意で寝たと思っていた相手からレイプで訴えられ、有罪判決を受けて1992年から3年間刑務所に収監された。それでも反省は薄く、所内で恐喝を繰り返し、面会にきたファンの女とセックスし、獄中でイスラム教徒に改宗したのに、儀式直後に聖歌隊の少女を籠絡していた。
釈放後も無軌道は続いた。スラム街に暮らしていた11歳のときから吸っていたコカインに本格的にはまり、その罪悪感を打ち消すために手当たり次第に女を抱いた。酒の飲み方も尋常ではなく、アルコールとコカインとセックスへの依存で心と体は蝕まれていった。
それでもリングに上がり続けたが、相手の頭突きに怒って耳を噛みちぎる前代未聞の凶行に出て、1年間ライセンスを剥奪された。異常な浪費を続ける一方、数百億円を稼いだはずなのに、悪徳プロモーターと言われるドン・キングに金を吸い取られ、最後は破産申請に追い込まれた。そして、突然の幼い娘の事故死。