霧と湿原。愛すらも霞んでしまいそうな道東の酷薄な景色の中で、ある男の「罪」と再生をめぐる物語は生まれた。桜木紫乃作『起終点駅(ターミナル)』(小学館刊)である。
〈同じ女を心の中で二度捨てた〉──と、罪の意識を引きずる弁護士・鷲田完治に佐藤浩市。その心に深く楔を打ち込んだ女・冴子に尾野真千子。妻子と別れ、国選だけを請け負う鷲田の前に現われた、冴子に眼差しの似た女・敦子を本田翼が演じる映画『起終点駅 ターミナル』(篠原哲雄監督/来年秋公開)が、8月末、舞台となる釧路市近辺でのオールロケを開始した。
昨年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞した釧路出身の桜木にとって、これが初の映画化。原作者として故郷のロケ現場を訪れたその表情に、ふと、突然の涙が零れ落ちた。
「なんでかな。たぶん私は“仕事になっちゃう人”より“仕事をする人”が好きなんですね。自分が書いたもののためにこんなに大勢のプロが仕事をして下さるなんて贅沢すぎる。本当に書き続けてきてよかった」
本作は製作・脚本など、スタッフにも北海道出身者が多く、「なした?」「なんもなんも」と、何があっても日々をやり過ごす北海道人気質を共有する。
「釧路では朝や夕方になると辺り一面に海霧が立ちこめて、何もかもを呑み込んでしまう。開拓民一世の私の祖父母世代は特にそうで、ここでは生きていくこと自体畏れ多いというか、今をただ生きているだけで有難いんです」(桜木)
だからだろうか、完治も冴子も決して多くを語らず、主に視線と表情がドラマを形づくる。例えば判事時代の完治が、再会した冴子への恋情と、家庭人としての想いを交錯させる一場面。かつて彼の司法浪人時代を支えた冴子が姿を消した際、残していった万年筆と、幼い息子の写真とを見やる佐藤の視線の動きに、桜木はゾワリと鳥肌を立てる。
「やっぱり俳優さんは優れているから俳優なんだな。万年筆と写真を行き交う視線の角度だけで、完治の狡さも優しさも全部見せるなんて凄すぎる!」