私は、震災翌年に吉田昌郎所長と90名に及ぶ現場の所員たちの実名証言をもとに『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』を上梓している。
家族をはじめ“守らなければならない人”がいるそれぞれの所員が、汚染された原子炉建屋に突入するなど、凄まじい闘いを展開したことを私は取材を通じて知った。
今回、朝日新聞は、その彼らが「命令違反で逃げ出した」と、外国から嘲笑されるような存在に貶めてしまった。しかも、それは全く「根拠に欠ける」ものだったのである。
もし、本当に命令違反があったというなら、吉田所長によって「1F構内にいろ」という命令が出て、それが部下たちに伝えられたことが必須の構成要件となる。そして、その命令を無視して部下たちが「2Fに撤退」して、初めて成り立つのである。しかし、当の朝日の記事が伝える吉田証言にはそんなものはない。
また2Fへの退避に対して、「その方がよかった」と吉田所長が発言している部分は紙面には掲載されず、有料でしか見られない朝日デジタルにしか書いていないという実に狡猾な構成となっていた。
また驚くべきは、記事に現場の証言が全く登場しないことだ。これほどの大きな記事にもかかわらず、現場取材という最も大切なことがおろそかにされていたのだ。
さらには、記事の中で「ミリシーベルト」と「マイクロシーベルト」という1000倍の差がある単位を書き分けていた。すなわち、線量を少なく表現したい部分では「ミリ」を使い、逆に多く表現したい部分では「マイクロ」を使って読者の印象操作をおこなっていたのだ。
その末に記事は、〈吉田調書が残した教訓は、過酷事故のもとでは原子炉を制御する電力会社の社員が現場からいなくなる事態が十分に起こりうるということだ(略)その問いに答えを出さないまま、原発を再稼働して良いはずはない〉と締め括られていた。
なんのことはない。吉田調書は、「反原発」「再稼働反対」という朝日の主張のために“利用された”のである。
※SAPIO2014年11月号