【著者に訊け】川村元気氏/『億男』/マガジンハウス/1400円+税
間口は広く、奥も深い。そんな童話や落語にも似た「現代の寓話」を、数々のヒット作を手がける映画プロデューサー・川村元気氏(35)の小説は感じさせる。
「僕は昔から宮澤賢治とか星新一が好きで、そういう大人も読める寓話を、自分自身が読みたかったんです。死と喪失をテーマにした前作『世界から猫が消えたなら』(2012年)や、お金について考えたこの『億男』もそう。そして僕のテーマは人間にとってコントロールできない“死とお金と恋”の3つなのだと思います」
主人公は弟の借金3000万を肩代わりし、妻子とも別居中の〈一男〉。図書館司書の傍ら夜もパン工場で働く彼は、毎月20万を返済に回す身だ。が、娘と誕生日を過ごしたある日、彼は通りすがりの老婆から福引の抽選券を譲られ、結果それが宝くじの3億円に化けてしまう。
慣れない大金に怖くなり、IT長者となった大学時代の親友〈九十九〉(つくも)に相談を持ち掛ける一男。ところがその九十九が金と共に忽然と姿を消してしまう。友の行方と〈お金と幸せの答え〉を求めて彼の時空を超えた旅が始まる。
70万部突破のベストセラーとなった前作は今秋文庫化。来年には映画化(永井聡監督 出演/佐藤健、宮崎あおい)も予定されている。本作、文庫、さらに12人の巨匠との対話集『仕事。』と今秋3冊もの書籍化に追われた川村氏は、現在10本の映画を製作する東宝の映画プロデューサーでもある。
「僕は映画を企画する時も、あるべきものがない状態が物凄く気になるんですね。例えば『告白』(2010年)は、笑って泣ける映画が溢れる中で、『サイコ』や『セブン』みたいに、人間の悪意を描いた娯楽映画もあるべきだと思って企画しました。
周囲からは『絶対失敗する』と言われたけど、作ってみたら大衆もこういう映画を待っていたことが分かった。小説でも、自分が感じている違和感のようなものは大衆の共通無意識でもあるんじゃないかと仮説を立てて、そこを書いていきます」
書き出しは〈人生に必要なもの。それは勇気と想像力と、ほんの少しのお金さ〉という、かの有名なチャップリン『ライムライト』の名台詞。手にした3億円を前に一男は思い出す。〈チャップリンはこのセリフを書く前に〉年間九億円という〈“ほんの少し”ではない契約金を手にしていた〉〈そのときのチャップリンは、果たして幸せだったのだろうか〉と。
「もともと前作で『世界から金が消えたなら』という章を書くつもりで、お金について調べ始めたんです。するとソクラテスやアダム・スミス、ビル・ゲイツ、果ては聖書や落語まで、ありとあらゆる偉人がお金を語っている。でもいまだに人間はお金に苦しめられている。これだけで一本書けるテーマだなと思いました。
お金さえあれば幸せ、という時代はもう終わった。でも『お金で買えないものもある』という言葉もどこか嘘臭い。僕らはお金と幸福が両立する絶妙の塩梅を探しているのだと思う。でも書店には金持ちになる本か、貧乏をやりすごす本という極端なものしかなく……ならば自分で書こうと」