【書評】『石の虚塔 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち』上原善広/新潮社/1500円+税
上原善広(うえはら・よしひろ):1973年大阪府生まれ。ノンフィクション作家。『日本の路地を旅する』(文藝春秋刊)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。本書以外の近著に『韓国の路地を旅する』(ミリオン出版刊)など。
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
〈発掘作業をともなうため、民間の協力を要請することが多い〉考古学は、〈学歴のない在野の研究者でも参加できる唯一といって良い学問〉である。しかも、大人の親指ほどの石ころ(石器)の発見が、日本人どころか、人類の歴史を書き換える可能性を持つのだ。それだけに、他の学問にはない独特の熱気が生まれると同時に、取り憑かれたが故の暴走も起こりやすい。
本書は、戦後間もない1940年代の「岩宿の発見」から2000年に発覚した「旧石器捏造事件」に至る日本の考古学界の、極めて人間臭い裏面史を描いたノンフィクションである。
戦後、学歴のない在野の研究者の象徴として脚光を浴びたのが、日本に縄文時代以前の旧石器時代が存在したことを示唆する石器を岩宿遺跡(群馬県)から最初に発見した相澤忠洋だ。相澤は尋常小学校卒で、戦後、行商で生計を立てながら石器を採取する〈考古ボーイ〉だった。
相澤は発見した石器を明治大学の大学院生で、後に「旧石器の神様」と呼ばれる芹沢長介に見せた。それを新発見であると確信した芹沢は、同大助教授で、弥生時代の登呂遺跡の発掘で名を馳せ、「登呂の鬼」と呼ばれていた杉原荘介に見せた。そうして杉原を隊長として本格的な発掘が行なわれ、旧石器時代が存在したことが証明されたのである。
だが、発表された論文では杉原が功績をほぼ独占し、最初の発見者である相澤の存在も、最初にそれを旧石器だと認めた芹沢の存在もほとんど無視された。それにより、芹沢と相澤は杉原と決別する。