【著者に訊け】吉田類氏/『酒場詩人の流儀』/中公新書/780円+税
取材の約束は、午後2時。ふと、“昼間の吉田類”はどこで何をしているのか、想像できないことに気づく。
「普段は旅先で原稿を書いたり、〈酒気払い〉と称して山を走ってます。おかげで内臓は真っピンク、2升半呑んでも宿酔(ふつかよい)はしません」
酒場詩人を自称。「自分の好きなことしかしないから、ストレスは全くない」とも言い切る、生粋の自由人だ。そうしたあり方に憧れてか、今やその人気は一種の社会現象となった。
ある時、吉田氏は新聞にこんな川柳が載っていたと俳句仲間に教えられ、思わず噴き出してしまうのだ。〈“知らぬ地で俺も今宵は吉田類”。熊本県在住の男性の作だった〉〈旅先で飲み歩くぞ、という意味が、固有名詞だけで通じているじゃあないか〉……。
尤も、酒を畏れ自然を畏れるのが『酒場詩人の流儀』。酔ってなお泰然とした佇まいの秘密は、故郷土佐の原風景との契りにあった。
愛媛県境に接する山村に育ち、若くして画家を志し、海を渡った。パリを拠点に各地を放浪し、帰国後イラストレーター及び文筆家に。そして放送11周年を迎えた『吉田類の酒場放浪記』で国民的人気を博すまで、その経歴には空白や謎も多い。
「別に謎なんてないですけどね。僕は番組でも自分を繕えないタチだし、酒場を5軒回ったら最後の2軒は記憶にない。過去はまさに忘却の彼方です(笑い)」
冒頭にある。〈人生を旅に譬(たと)えるのは、いにしえからの理だった〉〈出会いと別れを繰り返してきた記憶は、膨らむばかり。時として、狂おしい喪失感に打ちひしがれる〉〈けれども、人の記憶には深い悲しみを和らげる術が備わっている〉〈忘れ去る能力だ〉〈そうでもなければ業の重みに耐えかねて沈没しかねないし、身軽でなければ長旅は続かない〉──。
故郷を出て半世紀、吉田氏は忘れたはずの過去を綴った動機を、〈故郷の自然に対するオマージュと鎮魂〉と書く。〈故郷の原風景は、ことごとく成長した五十年杉を主とする人工植林で覆い尽くされていた。もはや、蝶やトンボが群れ飛んでいた小川も涸れ、花の蜜を吸った山つつじの咲き乱れる杣道も失われている〉。