解散・総選挙が決まっていち早く野党統一戦線作りに乗り出したのが小沢一郎氏だ。小沢氏は「現政権の批判の受け皿をつくらないと日本の民主主義はほんとうに危うくなる」と危機感をあらわにする。ジャーナリストの武冨薫氏が小沢氏を直撃した。
──自民党も退潮する中で選挙に打って出たのかもしれないが、一方で野党の統一戦線も実現したとまではいえない。
小沢:もう一歩の決断だった。そうすれば、決断した人が総理になっていただろうね。絶対勝ったと思う。
統一戦線ができなかったから候補者調整をやっていますよね。それはもちろん必要なことでしょう。だけれども、野党全党が推薦する一人の候補者が立つならいいが、選挙区ごとに違う党の人が立つのでは有権者の受け取り方は違う。ある党に入れたからって政権が代わらないと思われてしまう。候補者調整はしたほうがいいけれども、十分な効果を発揮するかどうかはわからない。
──生活の党の現職議員に、「政治生活を続けるために一番いいと思う方向に進め」と、離党を認めた。党にとっては捨て身の戦術だった。
小沢:野党がみんな政党の枠を取っ払えばいい。そうすれば「一つの傘」の下で動くことができた。だから僕は所属議員全員に、どこでも生き延びるところに行けといったんです。
──しかし、野党第一党の民主党は政党の枠を取り払うところまではしなかった。
小沢:自分を捨てないと、できることではないですね。党でも個人でも。自分の殻に固執したのでは、大同団結は絶対できない。
──維新も同じだった?
小沢:いや、維新はそうでもない。維新は「この指とまれ」で、誰かが旗を掲げるなら全員参加するっていったの。民主党の中にも、そうなったら(新党に)行こうという人はいる。
──それなのに統一戦線ができなかったのはなぜか。
小沢:前原(誠司)君や細野(豪志)君など若い人たちが、最終的に決起できなかったんですね。