団塊の世代が75歳に達して後期高齢者が増え、社会保障費がさらに増大する――いわゆる「2025年問題」である。今回の総選挙であまり語られることがなかったが、この問題について考えさせる社会派漫画が発売された。「ナイチンゲールの市街戦 第1巻」(原作・鈴木洋史、漫画・東裏友希、小学館)という。原作者と漫画家のお二人に、漫画を通して介護や在宅医療の最前線について聞いた。(取材・文=フリーライター神田憲行)
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主人公は訪問看護師を務める宮間美守、25歳の女性である。訪問看護師とは聞き慣れない職業だが、病棟ではなく利用者(患者)さんの自宅を訪れて、医療ケアを行う仕事だ。病室ではなく自宅に行くだけに否が応でも利用者さんたちが置かれている環境、プライバシーと向き合うことになる。濃厚な人間関係の中で主人公の美守は戸惑い、挫折し、成長していく。タイトルの「市街戦」とは、街中で奮闘する訪問看護師らの姿を象徴している。
原作者の鈴木氏が訪問看護師を主人公に据えたのは、自身の大病経験があったからだという。
「僕は4年前に大動脈瘤の破裂で倒れ、九死に一生を得るような体験をしました。生死の淵をさまよい自分の命をお医者さんや看護師さんに預けるような体験をすると、死とか医療の問題について向き合わざるを得ません。加えて、もともと認知症気味だった母親が私の入院にショックを受けて要介護状態になり、その後、衰えが進み,要介護5になってしまいました。今では食事介助に始まり下の世話や陰部洗浄まで、私が毎日4時間かけて世話をしています。医療的な措置も必要となりつつあり、訪問看護を頼むことも検討し始めました」
「でもこれは私だけに降りかかった特殊な事情ではなく、これからどの人にも起きうる事態なんですよ。というのは『2025年問題』で、厚生労働省は医療依存度の高い老人を病院から自宅に戻す政策をとっているからです」
手厚い介護が必要なお年寄りまで、なぜそういうことをしているんですか。
「このままお年寄りを病院に入れておくと、社会保障費が増えて財政が破綻するからです。病院も長期入院の患者は経営的メリットが少ないので、『早くベッドをあけて下さい』とあからさまに追い出しにかかりますよ。政府は『子どもや孫に面倒みられながら老後を過ごすのがいちばん』といいます。そりゃあ自宅の畳の上で、親族や親しい友人たちに見守られながら最期を全うするのは美しい。でも、家族も共同体も崩壊した現代ではそう簡単にはいきません。現実は今の私がやっているような息子介護、あるいは老老介護、高齢者の独居という苦しい世界です」
「いま看護婦さんは150万人いて、そのうち2~3%、3万数千人が訪問看護師さんといわれています。在宅介護の政策が続けば訪問看護師さんの需要がもっと増えるでしょう。この漫画では訪問看護師さんの世界と仕事を紹介し、美守たちの目を通して訪問看護を受ける側のリアルな世界も伝えたいと思っています」