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「カンガルーケア」と「完全母乳」で赤ちゃんが危ない【1】

カンガルーケアと完全母乳に警鐘を鳴らす久保田史郎医師

「少子化」に苦しむ日本。2013年の出生者数は過去最少の約103万人で、40年前の第2次ベビーブーム世代の半分だ。社会を「支える世代」の減少は、年金、医療など社会保障制度を崩壊させ、労働力不足を深刻化させる。政府は「少子化対策」や「子育て支援」と称して増税まで行なったが、出生数の減少に歯止めはかからない。

 その一方で、出産の現場では、新生児の医療事故が増え、発達障害児が急増しているという事実はひた隠しにされている。「赤ちゃんが危ない」―─これまで2万人の赤ちゃんを取り上げたベテラン産科医が意を決して問題提起する。(全6回)

■34時間の栄養は「ミルク30cc」だけ

 メディアには報じられないが、いま、この国では知られざる赤ちゃんの重大な医療事故が相次いでいる。

「また新たな『完全母乳』と『カンガルーケア』による赤ちゃんの事故が起きてしまった。早くこの国のお産を変えなければ子供たちは大変なことになります」

 そう語るのは久保田史郎・久保田産婦人科麻酔科医院院長(医学博士)だ。

 これまでに約2万人の赤ちゃんを取り上げ、出生直後の新生児の体温や栄養管理を長年にわたって研究し、国(厚生労働省)が推進する「完全母乳」「カンガルーケア」「母子同室」という出産管理が赤ちゃんを危険にさらしていると強く警鐘を鳴らしてきた。同業の医師たちも認める名医であるが、同時に“業界”の常識を真っ向から否定する風雲児でもある。

 事故は2014年4月に東京都内のある総合病院で起きた。元気に生まれた男児の容体が34時間後に急変し呼吸が停止、NICU(新生児特定集中治療室)に搬送されて一命は取り止めたものの、重大な後遺症を負った。

 いまも自発呼吸ができずに人工呼吸器をつけられ、「重度の蘇生後脳症」(植物状態)と診断されている。

 病院が立ち上げた事故調査委員会の報告書は近く提出されるが、男児の父親が現在の思いを語った。

「最初はレアな事故だと思っていましたが、調べてみると類似の事故や裁判が増えている現状に衝撃を受けました。もし久保田先生が提言されてきた内容を出産前に知っていればと悔やまれてなりません。病院や医師、助産師、関係者が理解して取り組んでいれば、絶対に発生していなかった医療事故だと思います」

 母親は男児を出産。帝王切開ではあったが、赤ちゃんの体重は3300gで母子ともに健康だった。

 担当の助産師は母乳の長所を力説した上で母親にこう尋ねた。

「母乳は最初、ほとんど出ません。でも生まれたての赤ちゃんは3日間分の栄養を体の中に持っているので、母乳がしばらく出なくても大丈夫。どうしますか」

 手術後の疲労は大きかったが、少しでも母乳を与えたいと考えた母親は「あげたいです」と答えた。すると助産師はカルテに「完全母乳」と書き込んだ。

「完全母乳」とは人工乳を使用せず母乳のみで哺育する方針で、なかには「人工乳」を悪として人工乳や糖水を一切与えない「行きすぎた完全母乳主義」を貫く病院も多い。

 病院は母親に3時間毎に授乳を促す「完全母乳」をスタートさせた。男児の様子に変化が現われたのは翌日だった。おっぱいをくわえてもすぐ離してまったく泣き止まない。母親は助産師に相談、人工乳を30cc与えることになった。

 その夜9時頃、再び男児が泣き止まないので母親はナースコール。

「お腹が空いているんじゃないでしょうか?」

 と別の助産師に相談し、昼と同様にミルクを与えてもらうことになった(しかし病院の方針からか、このとき追加の人工乳は与えられていなかった)。

 母親は出産と術後の傷口の痛み、睡眠不足で体を自由に動かすこともできない状態で赤ちゃんに添い寝していつでもおっぱいを吸えるよう授乳を続けていた。

 消灯後の夜11時過ぎ、見回りに来た助産師が異変に気付いた。男児は唇にチアノーゼ(酸素不足で紫色になる症状)が見られ、心拍はあるが、自発呼吸はなし。母親は泣かない男児を眠っていると思っていた。

 すぐに男児はNICUに搬送されたが、意識が戻ることはなかった。

 体重3300gの新生児に最低限必要なミルク(母乳)は1日約240ccとされる。この男児が生後34時間に与えられた栄養はわずか「30cc」のみ。10分の1以下だった。

 男児の父親から相談を受けた久保田医師が語る。

「この男児は栄養不足で深刻な低血糖状態に陥ったと考えられます。低血糖症が進めば無呼吸や心肺停止に陥ってしまいます。

 出産直後、母親の母乳はほとんど出ません。赤ちゃんに必要な量が出るのは平均して3~5日目から。しかし、完全母乳を推奨する医師や助産師の多くが『赤ちゃんは3日間分の栄養を体の中に持っているので大丈夫』と信じて母乳以外与えようとしないため、深刻な栄養不足に陥るケースがある。しかも出産直後で体力が奪われた母親に管理を任せっきりの母子同室も行なう。母親に赤ちゃんの小さな異変を見逃すなというのも責任転嫁ではないでしょうか。

 これほど危険なのに日本の産婦人科や助産院の多くが赤ちゃんには一滴も人工乳や糖水を与えないという『行きすぎた完全母乳』をいまだに正しいと信じ込んでいる。だから同じような事故が繰り返されてしまうのです」

 生まれたばかりの赤ちゃんを母親の胸に抱かせて管理させる「カンガルーケア」(早期母子接触)と人工乳を一切与えないで育てる「完全母乳」、そして新生児室ではなく出産直後から母親の側で添い寝させる「母子同室」の3点セットが、厚生労働省が国策として推進してきた新生児管理だ。久保田医師が「赤ちゃんを危険にさらしている」と警告するこの3点セットは、いまだに多くの病院や産院で実践されている。

 前出の父親は語る。

「病院側の説明は『低血糖』など栄養不足を否定し、原因不明の呼吸停止による乳幼児突発性危急状態(ALTE)と主張し原因不明といわれました。しかし、せめて病院側が必要な経過観察を行なっていれば事故は防げたはずです。

 誰よりもつらい思いをしているのは息子です。こんな悲しみは私たちの子供で最後にしてほしい。日本全国のすべての病院やクリニックで改善や対応に取り組んでいただくことを切に願います」

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