生まれたばかりの赤ちゃんが出産直後の栄養不足で重い障害を負う医療事故が相次いでいる実態を明らかにした前回記事【1】は大きな反響を呼んだ。一体なぜ、そのような危険なことが広く医療現場で行なわれ、リスクが指摘されてなお放置されているのか。その憂慮すべき背景に迫る。
産科医として約2万人の赤ちゃんを取り上げ、長年のデータをもとに新生児の体温や栄養管理の在り方を研究してきた久保田史郎・久保田産婦人科麻酔科医院院長(医学博士)は、国が推奨する「完全母乳」や「カンガルーケア」「24時間母子同室」という新生児管理の危険性に警鐘を鳴らす。
前回記事では、東京都内の総合病院で起きた、行き過ぎた「完全母乳」による新生児の医療事故のケースと、国が推奨する「完全母乳」や「カンガルーケア」「24時間母子同室」という新生児管理が全国的な発達障害児の急増につながっているのではないかという研究データを紹介した。第2回は、なぜそうした危険な新生児管理が推進され、出産の現場で、どんな事態が起きているかの実態を掘り下げる。
■「血糖値は測らなくていい」
「完全母乳」を実践するある有名大学の関連病院に勤めていた助産師のAさんは、出産現場で、空腹のため泣き続ける赤ちゃんと「人工乳も糖水も与えるな」という病院の方針の板挟みになった。
その病院では、「完全母乳」を徹底するため新生児に人工乳、糖水(ブドウ糖を加えた水)は原則飲ませない方針で、低血糖症などの疑いがある新生児に人工乳を与える場合も、小児科の医師の「人工乳20ccを1日何本」といった処方が必要というルールをとっている。
ある日、母親が母乳を与えても泣き止まない新生児がいた。
顔色も悪かったため、Aさんは母乳が足りないと考え、人工乳を与えていいかと助産師長に尋ねると、「食事のオーダーは入っていない」と認めてくれない。食事のオーダーとは人工乳を与えていいという医師の指示(処方)のことだ。看護師時代から産婦人科で多くの新生児を見てきたAさんは、低血糖症を疑い、小児科医に相談した。
「この赤ちゃんは顔色も悪く、低血糖の症状が見られます。血糖値を測定するべきではないでしょうか」
だが、医師は「その必要はない」と取り合わない。赤ちゃんの泣き声は次第に悲鳴に近くなり、顔色はますます悪くなった。危険を感じたAさんがこっそり血糖値を測ると、基準値を大きく下回っていた。ただちに医師に報告し、ようやく「人工乳を飲ませていい」という指示が出た。
病院ではこうしたことが珍しくないとAさんはいう。
「先生にお願いしても人工乳の処方は出ないし、あまりしつこくすると『うちは完母(完全母乳)の病院だから』と叱られる。だから助産師や看護師は、明らかに母乳が足りずに赤ちゃんが泣き止まないときは、医師や助産師長に内緒で人工乳を与えています。それを院内では『闇ミルク』と呼んでいます」
医師の処方するミルクの量では不十分と思ったときは量を増やす。
「20cc1本と指示された場合、カルテに『10ccしか飲まなかった』と書いて2回与える。よく行なわれている闇ミルクの与え方です」
この病院には常時40人くらいの新生児がいて、そのうち「4~5人」は重症黄疸と診断されて治療を受け、別にNICU(新生児特定集中治療室)に運ばれる子が「20人に1人」くらいいるとAさんは語った。
「栄養不足の影響があるのではないかと不安です。本当にこんなやり方が正しいのかと怖くなりました」
この病院で飢餓状態に陥った赤ちゃんたちは、「闇ミルク」によって命をつないでいるというのだ。Aさんは良心の呵責に苛まれ、この病院を辞めた。
久保田医師はいう。
「母乳には免疫を高める物質が含まれており、赤ちゃんが病気にかかりにくくなるといった様々なメリットがあるのは間違いありません。私も母乳哺育には大賛成です。
しかし、出産直後の母親は3~5日くらい経たないと赤ちゃんに必要な量の母乳が出ないことはよく知られています。そのため糖水さえ与えない行き過ぎた完全母乳は赤ちゃんへの危険が高い。問題は、肝心の母親がそうしたリスクが伴うことを知らされていないため、完全母乳が正しいと思い込んで疑っていないことです」