取材班にとっては予想された反応だったが、本連載が始まった直後から、編集部に対して、あるいはネット上で連載への批判や反論が多数展開された。取材班が重視するのは対立より対話である。過去より未来である。多くの医療関係者や親たちが、大切な赤ちゃんに良かれと思って完全母乳やカンガルーケアを施してきたことはよくわかる。しかし、それが逆に赤ちゃんの命と将来を危険にさらしていることは紛れもない事実である。
我々はその論拠を過去2回にわたり提示し、今後も「意見」ではなく「科学的エビデンス」として紹介していく。一方で、推進派からは抽象的な論ばかりでエビデンスが出てこないのは残念なことである。あるいは推進派の中心人物たちは、これが根拠のないイメージで進められた運動であることを知っているのではないか。これから生まれてくる貴い命のために、推進派も勇気をもって、先入観なく本連載を読み進めていただきたい。
■推進派はデータを示さない
本誌の問題提起が世論を二分するのは当然である。世の中で「良い」と信じられてきたものに異論を提示したのだから、それを推進してきた人たち、実際に実践した人たちが、簡単に「そうですか」と納得するほうがむしろ不自然だ。
ただし、残念なのは一部の産科医たちの反応だ。ある著名な医師はネット上で、「一部の声だけを取り上げた週刊誌のデマ」と罵った。これが過去2回の記事を読んでいない中傷であることは明らかだ。前回、前々回記事では久保田史郎医師の「一部の声」を紹介したのではない。久保田氏の問題提起に対し、他の多くの専門医の賛同する意見を掲載し、それを証明する国内外の論文や調査データも示した。そして、「完全母乳」「カンガルーケア」によって我が子を不幸にしてしまった親たちの後悔の念、それを推進していた助産師の「間違っていた」という内部告発もレポートした。今後は推進派の意見や考え方も積極的に取材するつもりだ。
編集部には医療関係者からの声も届いている。こちらは思った以上に記事に賛同する意見が多かった。
「ずっと良くないと思っていたけれど、助産師さんに逆らえずにやってきた。よく書いてくれた」
「久保田医師と同じ考えの医師もたくさんいるが、推進派の“声が大きい”ため、面倒に巻き込まれたくなくて黙ってしまっている」
いずれも現役看護師から寄せられた意見である。
もちろん本誌は、すべての結論が出たと断じるつもりもない。医療であれ社会政策であれ、100%正しいものも100%間違っているものも基本的にはないからである。メリットとデメリットを比較し、科学的で開かれた論議のなかで社会的コンセンサスを決めていくべきものだし、情報が公開されたうえで、主流派とは違う選択をする個人がいても、それは悪いことではないかもしれない。
ただし、仮にも専門家とされる人たちが、科学的根拠も示さずに久保田氏の問題提起を罵倒することは卑怯である。今後の連載で明らかにする機会があると思うが、推進派たちは異論に対し、なんら科学的データを示すことなく「とにかく我々が正しい」と言い続けてきたのである。完全母乳やカンガルーケアで成功した母子がどれだけいても、それは証拠にはならない。繰り返しになるが、統計的データを集めてメリットとデメリットを比較して初めて論議の土台ができる。
久保田氏はそのために30年間、1万4000人のデータを取り続けた。そのうえで完全母乳やカンガルーケアはメリットよりデメリットが大きいという結論に達した。その間、推進派に対して、赤ちゃんの血糖値や体温、その後の生育についての調査をするよう何度も提案してきたが、推進派は応じなかった。真実を突き止めることに消極的だったと見られても仕方ない対応だ。
なぜ推進派が頑ななのかは大切なテーマなので、ここで論じるには紙数が足りない。しかし、素人がわかることだけでも、推進派の論には疑問点が多い。
例えば、久保田氏がこだわってきた血糖値や脱水について。どんな医師でも看護師、助産師でも、赤ちゃんの血糖値が下がらないケースと下がるケースで、どちらが好ましいかに異論はあるまい。重症黄疸に至るほどの栄養不足や脱水状態が良いともいわないはずだ。ならば、母親から与えられる栄養が少なければ人工乳で補い、水分が足りなければ与えることがなぜいけないのか、推進派はその不自然極まりない論理を明確な証拠をもって説明すべきである。乳の出る量も時期も母親によって大きく異なるのに、一律に「人工乳や糖水は与えるべきではない」と指導することが非科学的だと思うのは取材班だけではないだろう。