本連載の内容を緊急出版した『「カンガルーケア」と「完全母乳」で赤ちゃんが危ない』(小学館刊)に大きな反響が届いている。現場の看護師は「よく書いてくれた。カンガルーケアを止めてほしいといえずにいた」という。ある両親は「実は私の子供もカンガルーケアで事故にあった」と明かした。もちろん一方で、「多くの病院で実施されているのだから正しいはずだ」「生まれたばかりの赤ちゃんを抱き続けるのは自然なこと」という意見も少なくない。
前回記事【3】でレポートしたように、「科学的エビデンス」ははっきりとカンガルーケアと完全母乳の危険性を示している。それでも推進派がそうした新生児管理に拘るのはなぜか。推進派の主張に耳を傾けたうえでその背後にある「お産政策」の問題を掘り下げる。
■事故が起きたら「母親の責任」
2014年10月31日、大阪高裁でカンガルーケア中の事故に注目の判決が下った。
事故が起きたのは大阪府内の総合病院。病院は2010年12月に正常分娩で生まれた女の赤ちゃんを出産直後の母親に胸の上で抱かせるカンガルーケアをさせていたが、約2時間後に赤ちゃんの容体が急変し、一時呼吸停止に陥って脳に重い後遺症を負った。
その間、父親は新生児の様子をビデオで録画していた。映像には、母親の胸の上でうつぶせ寝の状態に置かれた赤ちゃんの鼻や口が母親の胸に押しつけられるように塞がれ、顔色がみるみる悪くなっていく様子が記録されていた。
両親は病院側から事前にカンガルーケアのリスクに関して十分な説明が無く、病院側の管理に問題があったとして損害賠償を請求。それに対して病院側は「母親が赤ちゃんを注視していれば急変に気づいたはずだ」と主張して争った。
2013年9月の大阪地裁での一審判決では、「呼吸停止は窒息によるものである可能性はあるが、医療従事者の関与がなくても母親が注意を払えば容易に回避できた」と請求を棄却。そして原告が控訴した二審でも、大阪高裁は両親の訴えを退ける次の判決を出した。
〈2010年において、早期母子接触に際して説明と同意を取得していた分娩施設は48・2%であり、約半数の施設では説明と同意は行なわれておらず、説明と同意を取得していた分娩施設においても、早期母子接触の有用性についてだけでなく、危険性や児が不安定な状態にあるという負の部分についても十分に説明されたか否か不明であるとされている。(中略)これらの事情を総合すると、カンガルーケアを実施するにあたって、危険性や問題点を説明しなかったからといって、直ちにそれが説明義務に違反するということはできない〉
「新生児が不安定な状態に置かれる危険性」を指摘しながら、「事故が起きても母親の責任」「リスクを説明しなくても説明義務違反ではない」と病院の責任を不問にしたのである。
カンガルーケアは「母子の絆を深める」「母乳の出を良くする」などとして完全母乳とセットで奨励され、日本の多くの産院で採用されている。
その新生児管理について、約2万人の赤ちゃんを取り上げてきた久保田史郎氏(医学博士・久保田産婦人科麻酔科医院院長)は非常に問題が大きいと指摘する。
「出産直後で疲労困憊している母親が、医師や助産師に勧められるままに出産直後から赤ちゃんを抱かされ、頻繁に授乳しなければならない。母親は睡眠も満足に取れません。そんな状態の母親に、赤ちゃんの管理責任まで負わせるのは無理があります」
前述した裁判の後も事故が相次いだことから、日本周産期・新生児医学会など8学会は12年にカンガルーケアの名称を「早期母子接触」と改め、医療機関向けに『「早期母子接触」実施の留意点』というガイドラインを発表した。
〈(妊娠中に早期母子接触の)有益性や効果だけではなく児の危険性についても十分に説明する〉
〈分娩後に「早期母子接触」希望の有無を再度確認した上で、希望者のみに実施し、そのことをカルテに記載する〉
現在も多くの病院でカンガルーケアが実施され、「最善の哺育法」と信じ込まされた両親は出産前後にかけて何枚もの承諾書にサインさせられる。同意書は事故が起きた際に病院側が「母親がカンガルーケアを望んだのだから、赤ちゃんの管理責任は母親にあった」と主張するための“免罪符”ではないのか。