これまで本連載ではカンガルーケアと完全母乳の危険性を科学的エビデンスをもって示してきた。しかし、そうしたデータを示されながらも、医療行政はこのリスクを放置している。そこには国策として進められてきた「助産師制度」が深く絡んでいる。
■厚労省は「推奨していない」と変節
この春、静岡県立こども病院で生まれた「体重277g」という日本で2番目に小さい超低出生体重児の女の子が半年間にわたるNICU(新生児特定集中治療室)での管理で順調に発育し、無事退院した。退院時の体重は約2700gと10倍に増えていた。
日本の周産期医療の水準は世界でもトップクラスといわれる。
しかしその一方で、日本のお産の現場では、WHO(世界保健機関)が途上国向けに推奨してきた「母乳以外、糖水や人工乳を与えない」という行き過ぎた完全母乳の考え方と、「母子の絆を強める」という理由で赤ちゃんを出産直後の疲れた母親の胸に抱かせて管理させるカンガルーケアが広く普及し、新生児に重大な後遺症が残る事故が繰り返されている。
生まれた直後の新生児は体の機能が非常に不安定で、「栄養管理」や「体温管理」などの慎重なケアと監視が必要であることは産科医や新生児科医の誰もが認めている。それなのに、リスクのある赤ちゃんはNICUなどで最先端の医療が施され、満期産で元気に生まれた赤ちゃんには“自然のままのやり方がいい”と保温もされず、飢えて泣いても人工栄養を与えないのは明らかに矛盾がある。
前回記事【4】では、約2万人の赤ちゃんをとりあげ、生まれた直後の新生児の体温や栄養の研究で世界的に注目されている久保田史郎・医師(医学博士。久保田産婦人科麻酔科医院院長)の実証データをもとに、日本で実施されているカンガルーケアと行き過ぎた完全母乳の組み合わせは赤ちゃんが低血糖症や低酸素症に陥るリスクの高い「危険なケア」であり、母親たちだけでなく助産師や看護師など医療スタッフまでもがその危険性を十分に理解しないまま実践している現状に問題提起した。
完全母乳による医療事故で息子が重大な後遺症を負ってしまった父親がいう。
「その病院の、助産師や看護師はプロ意識が高く、とても熱心でした。母乳が出ないのに必要な人工乳を与えなかったのも、彼女たちは『赤ちゃんのために良かれ』と信じ込んでいた結果で、責めるつもりはありません。ただ、間違った医療知識に従って一生懸命やっていただいたことが悲劇につながった。それが残念でなりません」
なぜ、医療先進国の日本で元気な赤ちゃんをわざわざ危険にさらす間違った管理が現在も平然と罷り通っているのか。
それを推し進めたのは厚生労働省だった。
カンガルーケア(早期母子接触)と完全母乳をセットにした新生児管理は、同省が07年に発表した『授乳・離乳の支援ガイド』で推奨したことで、推進派は「国のお墨付きを得た」と宣伝して普及させた。
〈赤ちゃんのからだを拭いて母親の腹部に乗せ、赤ちゃんが母親の体温で保温された状態で、母親と一緒にしておく〉
という同ガイドの記述は今も変わっていない。
しかし、危険性は当初から指摘されていた。前回記事では、同省がガイド策定のために専門家を集めて開いた研究会で、朝倉啓文・日本医科大学教授ら産婦人科医の委員たちからカンガルーケアの安全性に疑問が呈され、注意を促すように指摘されながら、ガイドには注意の呼び掛けが記載されていないことを報じた。同省雇用均等・児童家庭局母子保健課は本誌取材に、「何代も前の担当者の時代のことなどで経緯はわからない」と回答したが、その後、母子保健課の担当者が改めて驚くべき説明をしてきたのである。
「厚労省は“早期母子接触を推奨していない”。授乳・離乳の支援ガイドの記述はあくまでも実践例であり、このガイドの目的は医療従事者が母子の授乳、離乳を支援するために使うもので、どう指導するかは医療機関の判断です」(“”は編集部)
推進派の医療スタッフも、厚労省に推奨されていることで「カンガルーケアは最善」と思い込まされてきた母親も唖然とする説明だ。