昨年、小笠原諸島近海に押し寄せた赤サンゴ密漁船団の拠点のひとつ、中国福建省寧徳市霞浦県の漁村では、村の随所に密漁や密売を禁止する厳めしい文言を記した赤い横断幕が張られ、漁港の壁や警察施設などにも「赤サンゴの密漁・売買禁止」を意味する標語が躍っている。
そして、村の誰に聞いても「赤サンゴなんか聞いたこともない」と素知らぬ顔をする。だが、謎を解くカギは女子大生が差し伸べてくれた。
「日本領海に行った漁師から逮捕者が続出してみんなビクビクしているからなの」
ここまでは当サイトで既報だが、「箝口令の村」の緊迫具合はどれほどのものなのだろう。同村を潜入取材したジャーナリストで『中国人の取扱説明書』(日本文芸社刊)著者の中田秀太郎氏が振り返る。
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建省寧徳市霞浦県に所在する三沙漁港は、福建省の省都である福州市から高速鉄道(中国版新幹線)で1時間、さらにクルマをチャーターして1時間ほどのところにある小さな村だ。漁村を小高いところから見下ろすと、潮の香る風が吹き、遠浅の海を利用して行なわれる海苔養殖の杭がどこまでも広がる風光明媚な場所だった。
村の中心部に到着してみると意外なことに、なかなかの発展ぶりだった。高層建築物はないが、村のメインストリートには1km近くにわたって商店が連なり、バスやバイク、屋根付き三輪車がひっきりなしに往来していた。これもサンゴ漁で潤っているせいだろうか。取材の成果に期待が膨らむ。
しかし、取材は簡単に進まなかった。村に来るためにチャーターしたクルマの運転手が「赤サンゴ漁の実力者と友達だから取材できるよう話してやる」と得意げに話していたのだが、実際に村に着いて連絡を取ってみると、大いに揉めている様子。交渉を待つ間、しらみつぶしに歩いて取材することにした。
村人たちに片っ端から話しかけると、雑談は笑顔で応じるのだが「赤サンゴ」の名を出した途端にプイっと横を向いて無表情になる。あるいは「赤サンゴなんて言葉、生まれてこのかた一度も聞いたことない」というかのどちらかだったのだ。中には赤サンゴの指輪をつけたままの男性もいたのに、である。
キツネにつままれたような気になっていたころ、たまたま休憩のために入った個人経営のハンバーガー店のレジ係との会話で謎が解けた。日本語を学んでいるという女子大生が、私たちの話し声を聞いて「日本人ですか」と反応してくれたのだ。