2018年のロシアW杯に向けて動き出したサッカー日本代表。ブラジルW杯の経験を糧に日本のサッカーが進化することを、多くの日本人は願っているだろう。いま、ザッケローニ監督の通訳・矢野大輔氏が綴った『通訳日記 ザックジャパン1397日の記録』(文藝春秋)が売れている(8万部突破)。
栄光と挫折の4年間の生々しい記録は、日本代表の真実を知るために欠くべからざる情報であると同時に、「どうしたら勝てるチームを作れるのか」という普遍的課題への示唆に富む。激動の日々を終え、新しい生活を送っている矢野さんにお会いし、改めて本書と4年間を振り返っていただいた。前・後編でお届けするインタビュー、まずは【前編】をお届けする。
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――まずはこの本を出版された動機を教えてください。
矢野:19冊の日記は自分のために付けていたんです。ザッケローニさんという世界的名将の傍で仕事ができるわけですから、サッカーの知識を何とか自分のものにしたかった。日記をつける習慣などこれまでの人生にはなかったのですが、この4年間の経験が特別なものになるのはわかっていましたから、一念発起しました。
公開しようという気持ちになったのは、W杯が終わって、あの4年間がうまく伝わっていないのではないかと感じるようになったからです。負けて帰ってきたわけですから、監督もチームも批判されるのは当然です。でも、何があったのか、どういう思いでやってきたのか、事実を知ってもらった上で、判断してもらいたいと思ったんですね。
――吉田麻也選手がブログで紹介したり、香川真司選手が本書を持っている写真がインターネット上で話題になったりと、選手の間でも広がっているようですね。
矢野:嬉しいですね。出版に当たっては、日本サッカー協会をはじめ、本書に会話が登場するすべての選手に確認を取りました。すると、すべての人が賛同してくれたんです。事実をオープンにしたほうがいいと、皆が言ってくれて、素晴らしいチームだったと改めて思います。
――矢野さんは本の中で、「ザッケローニ用語漬けにされた」と書かれています。どのような言葉が印象に残っていますか。
矢野:ひとつは「i dettagli(詳細)」です。本の表紙にも使った言葉で、ぼくの体に刷り込まれています。上のレベルに行けば行くほど、勝敗を分けるのは、小さなことになるんです。だから日頃から、何をやるにも、とことんこだわって突き詰めようと、監督は言っていました。「神は細部に宿る」とよく言われますよね。サッカーに限らず、一人ひとりが自分の仕事にこだわって精度を上げていけば、いいチーム、強いチームができるのだと教えられました。
――ザッケローニ監督は、選手によって表現方法や伝え方を変えるなど、細やかな対応をされています。その「観察眼」と「気配り」に驚きました。
矢野:「良い料理を作るには、良く材料を知らなければいけない」と、監督は選手の情報をできるだけ集める努力をしていました。たとえば練習中、遠藤保仁選手と今野泰幸選手が仲良くしていると、なぜあの二人はあんなに仲がいいのだろうと探るんです。前のW杯から一緒だったからだとか、ガンバ大阪のチームメイトだからだ、とか、表面上の情報を伝えることはぼくもできます。監督はさらに、人間的な共通点、あるいは相違点を見極めようとする。深い部分で人間を理解する能力がとても高い方だと思いました。
監督の“観察”は、代表チームに限ったことではありません。子供たちのサッカーを見ても、どうしたらそのチームがもっと強くなるか、何を教えたら良くなるかを考えていました。常に考えながら人やものを見る習慣が、監督の眼を作り上げたのだと思います。
――監督は選手にも意見を求めていたんですね。W杯のメンバー選考において、長谷部誠選手に意見を求めるシーンは印象的でした。
矢野:選手をはじめ、広く平等に意見を求めるのと同時に、役割を尊重される方でしたね。選手にはフレンドリーに接するのですが、選手と監督の間に引かれた絶対的な一線を超えることは決してない。その辺りのバランスのとり方に優れた方だったと思います。