明治に庶民に肉食文化が解放されて100年、外食から食卓へ、日本の肉食文化はさらに洗練の時期を迎えている。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が語る。
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この10年、外食における「肉」の存在感は大きくなる一方だ。2001年のBSE騒動で焼肉店やステーキ店が大打撃を受けたのがウソのように、外食における日本の肉食文化はV字回復した。いや、さらに進化したと言ってもいい。
かたまり肉と言えばオーブンで数十分加熱したものを薄切りにしたローストビーフしかなかったのが、焼きの技法もカットの様態も多彩になった。あるいは特定の地域でしか味わえなかったメニューが、他地域でも楽しめるようにもなった。
関西で親しまれていた「ビフカツ」など少し前まで首都圏でもほとんど見なかったメニューが、現在では全国の洋食店へと広がりを見せている。定番のステーキにしても超高級店から立ち食い店までその業態は百花繚乱。外食における「肉の選択肢」は驚くほど増えた。
そうした肉ブームがようやく家庭の食卓にも届き始めている。象徴的なのは、昨年秋頃から肉に特化したレシピ本が怒涛の発売ラッシュを迎えていることだ。
ざっと挙げてみても、『日本一の肉レシピ』(プレジデントムックdancyu)、『THE 肉レシピ』(レタスクラブMOOK)、『本気の肉レシピ』平野由希子(ぴあMOOK)などが10月から12月の間に発売されている。
いずれの本にも共通するのは、牛のステーキのような家庭「でも」調理されていたメニューの見直しだ。焼き加減や手順など正解が曖昧だったものが、外食における肉ブームで大量の知見と考察が蓄積された。
とりわけかたまり肉については、この10年ほどで膨大な知見が新たに積み上げられた。そこから絞り出されたエッセンスが家庭の肉レシピのアップデートを促した。同時期に刊行された拙著、『大人の肉ドリル』(マガジンハウス)でもレシピに加えて、手順の意味や理由を科学論文などから考察している。
霜降り黒毛和牛ばかりがもてはやされる時代を越えて、日本の肉食文化は多様性を獲得した。黒毛和牛一神教時代からBSE騒動を経て米国産牛、豪州産牛の味を知った。国産牛へ回帰した後にはいいホルモンの味を知り、霜降りではない赤身肉も脚光を浴びるようになった。
赤身の味わいが濃厚な短角牛や、押しつけがましくない旨味の褐毛和牛など、「和牛」の多様性も認識されるようになった。黒毛和牛×ホルスタインの交雑種のほか、最近では乳牛用だと思われていたホルスタインやブラウンスイス種の肉も手に入る。