東宝ニューフェース第6期生として役者人生をスタートした宝田明は、映画スターとしてだけでなく舞台でも活躍し、日本のミュージカル俳優の草分け的存在でもある。舞台俳優として駆け出しのころ、トップスターだった長谷川一夫から伝えられたことを宝田が語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづる連載『役者は言葉でてきている』からお届けする。
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東宝は映画と舞台の大劇場をいくつも有しており、宝田明はその両方で活躍している。宝田が舞台に立ち始めた1960年代初頭、トップスターに君臨していたのが長谷川一夫だった。
「長谷川さんには『演技とは重心の移動だ』と言われました。長谷川さんの重心の移動を拝見していると、本当に綺麗なんです。人間の動きって、芝居となるとどうしても、とってつけたように変な動きになる。普段は何気なくやっている『止まって振り返る』という動きも、いざ芝居となると、手も足も切りたくなるくらい邪魔になるんです。長谷川さんは御自分が実際に動いてお手本を見せてくださるので、ご一緒すると勉強になるんですよ。
山田五十鈴さんも、長谷川さんから全て教わっているんです。長谷川さんはあまり背が高くないので、山田さんは自分を大きく見せないようにするため、並列に並ばないで少し下がるんです。そして着物の中で足をクッと曲げる。そうすると京人形みたいに色っぽくなるんですよ。初めての女優さんには『あなた、ちょっと後ろにお下がり』って言うこともありました。我々の動きに関しても同じです。ですから、大変勉強になりましたね」
一方、東宝の映画スターには「社長シリーズ」などの喜劇映画に主演してきた森繁久彌がいる。宝田とは満州で暮らした者同士という間柄だった。
「お互いに北京語で話せるので、監督の悪口や女優のよからぬことを喋っていましたね。森繁さんは『アドリブが上手い』とよく言われる役者です。たしかに、テストの時は台本に書かれていること以外に絶妙のアドリブを加えて共演者を笑わせることがありますが、本番の時にはやりません。実はアドリブ的に台本のセリフを言っているんです。天下一品でした。『宝田君、アドリブはあまり使うもんじゃないよ』とよく言っていました。