会津藩からの視点で描かれた前々回のNHK大河ドラマ『八重の桜』では、長州藩がテロリスト然と描かれて賛否両論を巻き起こした。今回の大河『花燃ゆ』は一転して長州が主役。それに穏やかならぬ思いを抱いているのが群馬県民だ。福島県民ならともかく、なぜ群馬県が? それは大沢たかお演じる「ヒロインの夫」にまつわる禍根が理由だった。
大沢たかおが演じる「小田村伊之助」は、ヒロイン・文の再婚相手で、後に「楫取素彦」と改名して初代群馬県令(現在の県知事)となった人物。そんな楫取が猛反発を受ける理由は、やはり県庁所在地を高崎市から前橋市に移したことが大きい。
群馬県一帯は古くは「上野国」「上州」と呼ばれていたが、江戸時代は前橋藩、高崎藩などに分かれ、維新後も1871年(明治4年)の廃藩置県で前橋県や高崎県など9県に分かれた。その後紆余曲折を経て1876年に群馬県に統一されるが、長らく別の藩だったこともあり前橋・高崎両地域の対抗意識は強い。その対立をより際立たせたのが県庁移転問題だった。
群馬県となった当初、県庁機能は高崎市に置かれていた。しかし、当時の高崎市は高崎城が兵部省の管轄に入っていたこともあり、県庁舎を置くのに十分な建物がなく、各部署が別々の建物に分散していた。そのため県政に滞りが生じることが少なくなかった。
そんななか持ち上がったのが、前橋市への県庁移転だった。前橋市文化国際課の手島仁・歴史文化遺産活用室長がいう。
「当時、生糸生産で豊かになっていた前橋市民が寄付を募り、県庁誘致運動を起こしたのです。当時の金額で2万6000円、現在の貨幣価値では30億円に相当する額です。それに楫取県令が応じ、1876年(明治9年)に仮庁舎を前橋に置いたのです」
言うなれば“県庁買収”である。当然、高崎市民は猛反発。その際に楫取は「地租改正が終わったら、県庁を高崎市に戻す」と市民に話したと伝えられている。しかし結局、県庁が高崎に戻ることはなく、1881年(明治14年)には内務省から群馬県庁を正式に前橋に置くという布告が出された。
それに「約束が違う」と怒った数千人の高崎市民は前橋の県庁を包囲した。しかし群馬県史によれば、楫取は病気を理由に面会を拒否。翌日には高崎市民が前橋市内をデモ行進する騒ぎとなった。「裏切り者」と罵られたのはこの経緯があったからだ。