【著者に訊け】船戸与一氏/『残夢の骸 満州国演義9』/新潮社/2200円+税
原稿枚数、7500枚超。全9巻に及んだ船戸与一著『満州国演義』が、『残夢の骸』をもって遂に完結した。その全てを「鉛筆で手書き」した船戸氏は2009年以来、癌との闘病を強いられつつ、第1巻から約8年に亘った道程は余人の想像を絶する。
「今は脱力感だな。やれやれという以外、感想はない」
満州という現象を丸ごと、それも「当時の空気も含め“森”全体を描く」大事業に挑んだ本作では、東京麻布に生を享けた〈敷島四兄弟〉それぞれの生き様を通じて、昭和3~21年に至る時代のうねりを包括的に描き出す。
先の戦争を描くにも真珠湾に始まりポツダム宣言受諾に終わる教科書的な歴史など、氏が書くはずもない。広漠とした大地にも似たスケール感と、小さき者への視線を併せ持つ畢生(ひっせい)の大作を、ぜひ、丸ごと感じたい。
巻末の参考文献リストは実に13頁。従来の満州史では見落とされがちな史実も丹念に拾い上げ、血湧き肉躍るドラマとして読ませる船戸氏は、「歴史は小説の玩具ではないし、小説は歴史の奴隷でもない」と話す。
出色は戊辰戦争で活躍した長州藩士を祖父、建築学の権威を父に持つ、4兄弟の4つの視点だ。外務官僚として満州国建国にも携わる〈太郎〉。馬賊の頭目として大陸を駆けめぐる〈次郎〉。関東軍の花形将校〈三郎〉。無政府主義に傾倒し、渡満後は裏の顔も持つ〈四郎〉。
物語は彼ら創作上の人物によってのみ語られ、実在人物の言動は可能な限り客観的な史実に拠るストイックな姿勢がまずは感動的だ。
「当時起きたどんな事象も、後世の高みから断罪する気はないからね。満州と聞くとすぐ日本の侵略となじる連中も、もしその場にいたら何をするか知れないし、俺らの世代は“状況が人間を作る”ってことが身にしみている。過酷な状況に置かれた人間がどう行動するかを、一切の是非も感傷も抜きに書いたつもり」
本巻では〈東条英機暗殺計画〉の顛末から満州国解体後の混乱まで、昭和19~21年の内外情勢と彼ら四者四様の行く末を描く。かねて船戸氏は本シリーズの着地点を〈通化事件〉に置くとしていた。昭和21年2月、旧満州国通化市で日本人居留民が蜂起し、中国共産党軍や朝鮮人民義勇軍に約3000名が惨殺された現場に誰を立たせどんな結末を迎えるかは、物語を書き進めるにつれて決めたという。