コシのない麺に出汁の香り。ついふらふらと立ち寄ってしまう立ち食いそばがいまブームだ。その魅力についてコラムニストのオバタカズユキ氏が考察する。
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大きな声で言いふらすような話ではないのだが、ここ数か月、立ち食いそばにハマっている。きっかけはお気に入りのバーで一人飲みをした帰り道、小腹が減って立ち寄った店のインパクトがとても強かったことだ。
宣伝のために書くわけじゃないので、24時間営業のその店名を仮に「全力そば」としておこう。なぜって、そこの店主推定60歳前後のオヤジさんは、本当にいつも全力で仕事に打ちこんでいるからだ。
彼は止まらない。横幅5メートル奥行1メートルくらいの長細いカウンターの内側をしょっちゅうカニのように横歩きしながら、ずっとそば作りと客の応対をしている。せわしないというだけなら他の立ち食いそば店も同様だろうが、彼は仕事に対する没頭力が並みじゃない。それが証拠にというか、オヤジさんはいつも歌っている。電車の車掌さんのアナウンスにアメ横の叩き売りのだみ声を少し混ぜたような音色で、こんなふうに歌う。
「は~い、いらっしゃい、何にしますか~? はいっ、おそばにゲソ、それに紅ショウガ半分っ。ゲソと紅ショウガ半分、110円と50円におそばで360円。よろしかったら360円。ゲソと紅ショウガのおそばをハイどうぞ。よろしかったら360円~♪」
要は注文と計算の確認なのだが、なぜ歌うようにするのかは不明だ。客からすると自分の頼んだメニュー内容と合計金額を何度も店内中にアナウンスされるので、抵抗を覚える人もいるかもしれない。ただ、私が観察してきた限り、そこでたじろぐような客は「全力そば」で見たことがない。
客層は多様だ。早朝はニッカポッカを履いたお兄さんらをはじめとした肉体労働者系、真昼は周辺の雑居ビル等にお勤めのサラリーマンが多い。夜は職種ない交ぜで老いも若きもやってくる。深夜はタクシードライバーや私のような正体不明系が目立つ。客のほぼ全員は男だ。
一人客が基本。複数人連れでも、がやがや騒いだりしない。男たちが黙々と、お好みの天ぷらにかぶりつき、こしのない茹で麺を魚出汁のキックが効いた色の濃いつゆの中から箸で引きずり出しては、はふはふ胃の中に送りこんでいる。
もちろん、店内はおしゃれじゃない。感動的な美味が食えるわけではない。でも、オヤジさんのシフトじゃないときもオバちゃんや若い店員がテキパキ働いていて、24時間いつ訪れても活気がある。かなりトッピングを増やしてもワンコインでお釣りが来るから、客は値段を気にせず食べたいものを食べたいだけ頼んで食べて満足そうに帰っていく。