全くの暗闇を体験してみませんか。「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(Dialog in the Dark、暗闇の中の対話)というイベントが注目を集めている。体験すれば感性が高まり、人の世の多様性を感じることができるという。本当なのか、コラムニストのオバタカズユキ氏が体験してみた。
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人間が外界から得る情報の8割は視覚情報だといわれている。その視覚が突然まったく使えなくなったら、いったい自分はどうなるだろう――。
先日発行された志村真介著『暗闇から世界が変わる』(講談社現代新書)は、一筋の光もない暗闇の中で行われる「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(Dialog in the Dark、暗闇の中の対話。以下、DID)というイベントを、本場ドイツから持ち込み、日本流にアレンジし、東京と大阪の2会場での常設化にまで漕ぎつけた著者の奮戦記だ。
なにげに読んでみたら、これが相当おもしろかった。私とほぼ同年代の志村氏が、社会的地位もやりがいも給料も良かった勤めを辞めて、なぜ社会起業家として悪戦苦闘の道を歩むようになったのか。彼の半生がぶっちゃけられていて興味深い。でも、より惹かれたのは、彼をそこまでとりこにしたイベント自体だ。DIDについて本にこうある。
〈イベントに参加するのは、一つのユニット(グループ)につき八人のみです。一つのユニットには一人ずつアテンド(案内人)がつき、真っ暗闇の中を歩き回って、さまざまな体験をします〉
アテンドを担うのは視覚障害者。〈いわば暗闇のエキスパートである彼らにサポートをしてもらいながら、暗闇の中でさまざまなシーンを体験する〉。 彼らの案内で視覚を使わないワークショップのようなことをするため、〈ともすればDIDは、「目が見えないかわいそうな人たちの状態を疑似体験するもの」と思われがち〉だという。
〈しかし、これはDIDの機能のごくごく一部に過ぎません。用意している暗闇は、どんな立場やどんな役割の人でもフラットになれる場所です。そこでは視覚以外の感覚を磨くことも感性を高めることもできるし、共に行動する人たちを助けたり、逆に助けられたりする中で、楽しみながら相手のことを本当の意味で知ることもできます。DIDの暗闇は、お互いの多様性を認め合っていくことができる「対等な自由の場」なのです〉
けっこうすごい効用が書かれている。なるほど、誰でもフラットになれ、感性が高まり、人の世の多様性が認められたら、それはすばらしい体験だろう。けれど、ちょっと自己啓発っぽくもある。暗闇体験ぐらいで人はそんなに容易く“いい人”になれるものか。やや眉唾だ。