【著者に訊け】夏川草介氏/『神様のカルテ0』/小学館/1300円+税
櫻井翔・宮崎あおい共演で2度映画化され、1~3巻で300万部を突破した、夏川草介氏(37)の大ヒットシリーズ『神様のカルテ』。その原点にして新作短編集『神様のカルテ0』が、約2年半ぶりに刊行された。
松本で地域医療の最前線に立つ内科医〈栗原一止(いちと)〉と、妻で山岳写真家のハルこと〈榛名〉。2人が暮らす〈御嶽荘〉の住人や医師、患者らが織りなす物語には、いつも通りスーパーマンは一人も登場しない。
それなのに〈24時間365日対応〉を謳う〈本庄病院〉には患者が引きも切らず、特に〈引きの栗原〉の異名を取る一止の当直日は仮眠を取る間もない忙しさだ。まして漱石好きで少々古風な話し方をする一止はその名の通り、逐一立ち止まっては考えこむ厄介な性格で、患者の死や医療の限界に直面した時、人ゆえに苦しみ心を痛める。
筆名は夏目漱石+川端康成+『草枕』+芥川龍之介で、夏川草介。自身、信州大学医学部を卒業後、長野県内の救急病院に5年間勤め、白衣のポケットに入れた漱石が激務を支える拠り所だった。そして2009年、『神様のカルテ』でデビュー。本屋大賞第2位に輝くなど大きな話題を呼ぶが、軸足はあくまで地域医療にある。
「時々僕と一止を混同されて困ることもありますが、やっていることは6年前とほとんど変わりません。医者にできることは少なく、その中でできることを考えるしかないのかな、と。ところが世の中ではゴッドハンド的な万能志向ばかりが増幅する一方で、むしろ現場のプレッシャーは年々強くなる感じもしています」
本書では通称“神カル”の前日譚、4編を所収。まず「有明」では〈信濃大学〉医学部時代の同期〈新藤辰也〉が、学生寮で過ごした最後の夏を語り、「冬山記」では人生に絶望した中年男〈健三〉が、冬の常念岳で独身時代のハルと極限状況を生き抜いた顛末を語る。
例えば漱石『彼岸過迄』ならぬ「彼岸過ぎまで」の舞台は、後に一止の不眠の元凶ともなる「24時間対応」の赤い看板を掲げた当初の本庄病院。元エリート官僚の事務長〈金山弁次〉は着任早々、救急病院としての生き残りと合理化を推し進め、渾名は〈金庫番〉だ。