今、また何度目かの日本酒ブームである。いやブームという一過性のものではなく、本格的な日本酒時代の幕開けといってもいいかもしれない。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
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過去に何度か「空前の日本酒ブーム」という見出しがメディアをにぎわせたことがある。1970年代、新潟の「越乃寒梅」が幻の酒として人気になり、以降長きにわたってその流れを汲んだ”淡麗辛口”の冷酒が日本酒の主流となった。その後、人気マンガ『美味しんぼ』などの影響もあって、「吟醸」「山廃」「純米」といった特徴のはっきりした日本酒が人気になった。しかし、バブル崩壊以降、消費の冷え込みなどもあって、日本酒は壁を越えられずにいた。
そんな日本酒人気が、戦後何度目かのブームを越えてようやく大きなうねりになろうとしている。酒類全体の売上が低下するなか、日本酒は売上を伸ばしている。今年、人気グルメ雑誌『dancyu』は、定期刊行雑誌としては異例の2号連続日本酒特集号を組んだ。日本酒関連の書籍も人気となっていて、昨年11月に刊行された『白熱日本酒教室』という日本酒入門書は発売直後から版を重ね、現在3刷となっている。
なぜいま日本酒なのか。その理由として主に挙げられるのが「多様な味わい」「どんな食べ物にも合う懐の深さ」「食前、食中、食後を選ばない」といった日本酒の特徴だ。
現在の日本酒は驚くほど多様だ。まるでシャンパンのように発泡する”スパークリング日本酒”が人気となっている。12~14度という低めのアルコール度数の日本酒も好評を博している。手はかかるが、味わい際立つ”生酛造り”を復活させる蔵元も増えた。意欲的な蔵が醸造技術や知見を積み重ねることで、現代の日本酒は「酸味」や「フルーティさ」など、特徴的な味わいを獲得し、ファン層の拡大に成功している。
「合わせ」の範囲の広さも日本酒ならでは。世界に冠たる食中酒、ワインですら含まれる鉄分が魚介類の脂質の酸化を促し、不快な臭い成分を発生させることがある。貝類など、合わせるのが難しい”苦手食材”があるほどだ。だが日本酒にはそこまで苦手な相手がいない。前項で触れたように近年、日本酒の味わいがさらに多様になったことで、フレンチや中華との合わせも一般的になってきた。それは替えの効かない新たなマリアージュの発見でもある。