歌舞伎、能、文楽など伝統芸能に見いだされる“日本なるもの”をノンフィクション作家・上原善広氏が浮き彫りにするシリーズ「日本の芸能を旅する」。今回紹介する義太夫(文楽)の人間国宝、竹本住大夫氏は、「伝統継承」への危機感を口にする。
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文楽を騒がせた最近の事件といえば、義太夫の人間国宝、7代目竹本住大夫の昨年の引退だ。住大夫は今年90歳になるが、まだまだ元気だ。
「いやもう、あとの生活が心配で、なかなか辞められんかっただけですわ。ホンマでっせ。文楽は辞めても退職金も出まへん。今でもみんな、日割りでやってますねん。せやから私は、ファンの方々のおかげで、ここまでやってこれたんやと思うてます」
住大夫の引退の他にもう一つ、橋下徹大阪市長による助成金カットが話題となった。文楽は現在、大阪府・市、国の助成金によって成り立っている。この助成金制度は、1963年に松竹が文楽を手放したことをきっかけに始まったが、住大夫は、助成金に頼っていなかった時代を知っている数少ない生き証人だ。
「助成金に頼ってる自分らもアカンのです。昔は素人義太夫が盛んで、教えることで玄人も食えてた。当時は素人にも横綱、大関とか番付を付けたりして、そら盛んでした。それが戦後になって、組合つくるのが流行ったときに、文楽にも組合ができた。それが三和会で、私もそこにおました。師匠たちは因会をつくった。ようは二つに分かれてしもたんです」
もともとは待遇改善のために二つに分かれた文楽だったが、それには理由がある。それまでスポンサーだった旦那衆が、大阪からいなくなったのだ。さらに日本が高度経済成長期に入ると同時に、伝統芸能ばなれが一気に進む。