「胃がん早期発見のため」という謳い文句で推奨され、年間1000万人以上が受けているバリウム検査では、見逃しが多い上に死亡事故まで起きている。命を救うどころか危険に晒しかねない検診が続く背景には、バリウム検査を存続させたい「検診ムラ」の利権構造があった。
「それでは、切ります!」
外科医・本田宏氏(61)は、リニヤカッターと呼ばれる縫合と切断を同時に行なう手術用器具で患者の胃袋を挟んで固定した。看護師が時計の秒針を見ながら10カウントを始める。
「1、2、3、4、5……」
切除されたのは、胃袋の3分の2。僅かに色が赤く変化した、2cm程度の「低分化型がん(※注1)」だった。発見が遅れていたら、悪性度の高い「スキルス」に進行していたかもしれない──。
【※注1/がん化した細胞の分裂スピードが速いもの。増殖、転移が多く見られ、比較的悪性度の高いがんとされる】
「この患者の場合、別の病院でピロリ菌陽性と分かったので主治医が内視鏡検査を勧めたら、がんが見つかったそうです。私は36年間外科医をしてきましたが、バリウム検査で早期に見つかった患者の記憶はほとんどありません」
1年間で新たに発見される胃がん患者は男女合わせて約13万人。そのうち自治体のバリウム検査で見つかるのは、たった6000人だ(平成25年度 厚労省「地域保健・健康増進事業報告」)。
臨床医たちは、そんな胃がん検診を根本から見直す必要があると指摘している。ヘリコバクターピロリ(以下、ピロリ菌)と胃がんの関係性の研究で世界的に知られる消化器内科医の上村直実・国立国際医療センター国府台病院院長もその一人だ。
「胃がんの99%はピロリ菌による感染胃炎がベースです。だからピロリ菌に感染しているか否かが重要。今は血液検査でピロリ菌と胃粘膜の萎縮度(ペプシノゲン値)をチェックして、簡単に胃がんのリスクが分かります。それを参考に内視鏡検査で早期発見すれば、胃がんで死なずに済む時代なのです」
この手法は、『胃がんリスク検診』または『ABC検診』と呼ばれる。一部の企業などが導入し、早期発見数が激増するなど大きな成果をあげている。それはつまり、「ピロリ菌未感染者に胃がん検診は原則不要」ということなのだ。
しかし、4月に9年ぶりに改訂された国立がん研究センターの『胃がん検診ガイドライン』では、バリウム検査の推奨を継続。新たに内視鏡検査が加えられたが、胃がんリスク検診は推奨されなかった。