【著者に訊け】久瀬千路氏/『奴隷戦国』(「1572年 信玄の海人」・「1573年 信長の美色」)/光文社文庫/各620円+税
〈素破〉と書いて、すっぱ。仕える大名によっては忍びや乱破とも呼ばれる、武田家の影の精鋭部隊の呼称だ。
信州井ノ川村の百姓の倅に生まれ、5歳の時、川中島の戦いに乗じて上杉勢に乱取り(金銭目的の誘拐)された〈市太〉は、危うく人買いに売られるところを武田の名軍師・山本勘助に救われる。そして11歳の時、川中島で討死にした養父の恩に報いて〈山本市勘〉を名乗った彼を、信玄は信州禰津(ねづ)村の歩き巫女〈千代女〉に預け、後に〈念願の海〉駿河を奪うと、武田水軍の素破として遣わすのだ──。
このほど「信玄の海人」と「信長の美色」が連続刊行された『奴隷戦国』は、市勘らが様々な困難に直面しながら成長する姿を描く本格時代小説。まさに戦国時代とは乱取りや海を越えた奴隷売買までが横行し、命のやり取りを日常とする時代でもあった。その中で〈命を救うということは、命をつなげるということ〉〈救った命と縁を切ってはならぬ〉との教えを貫いた若き素破の人間的抵抗を描いた「久瀬千路」って、そもそも一体、誰なのか?
プロフィールは〈1959年生まれ。東京在住〉とたった1行。謎多き〈時代小説界の新星〉は、どことなくあの人に似てなくもない。そう、『女薫の旅』等で知られる神崎京介氏である。
「いえ、他人のそら似というやつでしょう(笑い)。一応は、一新人のつもりで時代小説に挑戦したわけですからね。実は私は大学受験の選択科目も世界史で、日本史はかなりの門外漢。日本史を知らない→時代小説は苦手、という分かり易いコンプレックスがあったんです。そのコンプレックスを払拭しようと、いざ勉強を始めると案外私は勉強好きらしく、10年前から準備を始めて、執筆に取りかかったのは、4年前でした」
構想の発端が奇想天外だ。
「ある時、僕の友人が彼女の写真を見せてくれてね、その子が『ハーフ?』って思わず聞いたくらい美形だったんですよ。ところが彼女は岐阜の郡上出身の、紛れもない日本人で、あの辺りには日本人離れした美女や美男が多いと耳にしたんです。岐阜といえば信長でしょ?
黒人の弥助の例もあることだし、実際はいろんな血が入り乱れていたのかも、という着想から、ここまで壮大な物語を創り出したので、自分の想像力に我ながら驚いてます(笑い)」
〈一五七一年、ポルトガル国王ドン・セバスティアン一世は、日本人奴隷の売買を禁止する勅令を下した〉と冒頭にあるが、南蛮商人や宣教師らが布教や交易に行き交った1572~1573年が、本作の舞台だ。