地方の郷土色、いわゆる「ご当地グルメ」が人気だ。ところが同じ名前でも地域が違うと似て非なる料理になることがある。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
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ときに、地方の食には奇妙な符号がある。数年前、本稿で書いたように枝豆好きならご存じ、山形県鶴岡市の「だだちゃ豆」は明治の頃、新潟県黒崎市から山形に嫁いだ女性が里帰りした際に、持ち帰った豆がルーツとなっているという。現在では新潟県の黒崎も山形県鶴岡にならぶ、「だだちゃ豆」の名産地だ。
こうした口伝の有無に関わらず、全国で似た名前、似た味わいの食べ物を数え上げたらきりがない。たとえば岐阜県の県北、飛騨地方には「すったて」、「すったて汁」という料理がある。豆腐をつくるときにできる呉(水に浸した大豆を臼でひいたもの)を味噌汁でのばしたような郷土食だ。一時期あまり作られなくなっていたものの、世界遺産でもある白川郷の合掌造り集落を擁する白川村が「白川郷飛騨牛すったて鍋」として復刻。全国へ向けて発信している。
ところが白川村から300km以上離れた埼玉県川島町でも近年「すったて」という、まったく違う料理がご当地グルメとして人気になっている。こちらはすり鉢でごまと味噌を合わせ、冷たい水でのばし、きゅうり、みょうが、しその葉などを加えたもので、うどんのつけ汁として使われる。宮崎県の郷土料理として知られている「冷や汁」に限りなく近いが、川島町での呼称は「すったて」。地域でそう呼ばれてきたという。
ちなみにこちらの「すったて」は夏限定のメニューであり、冬場になると「呉汁」という白川郷の「すったて」と似た味わいの品が人気のご当地グルメになる。季節ごとにメニューが入れ替わるのだ
ちなみに埼玉県では川島町だけでなく、県内全域に「冷たい味噌汁に、きゅうり、みょうが」を入れた汁物料理がある。大正期の文献などをひもとくと、県北東部の加須などにも同様の記述が見られ、うどんのつけ汁として親しまれていた。現在、川島町で「すったて」と言われる「冷や汁うどん」も少なくとも100年ほど前には地域で親しまれていたというのだ。