ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏にとって、この3か月の「日曜夜9時」は特別な枠となっていたようだ。最終回を前に、山下氏が分析した。
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夏ドラマが続々とスタートするこの時期。同時に、いよいよ明日12日、大団円を迎える『天皇の料理番』(TBS午後9時)。最終回かと思うと、来週から「篤蔵ロス」状態になってしまいそう。それくらい満足度が高かった。ドラマの3要素--「脚本」「演出」「役者」のいずれも飛び抜けて秀逸だった。
●「脚本」
言葉を極力削り、大切な要素をしっかりと浮き上がらせた。役者たちは言葉をじっくりと噛みしめ、間あいや余韻を活かして、丁寧に丁寧に伝えようとしていた。その象徴が、前回の放送に出てきた「ジュテーム」という言葉。病に伏せている妻・俊子が、夫に尋ねる。
「ジュテームってどんな意味ですか」
以前の篤蔵の手紙の中でこの言葉が何度も出てきていたことを、視聴者は知っている。死に瀕した時、妻は初めてその意味を問う。
「食う、ということや。明日もあさっても私はあなたより長生きしますって、そういうことや」
篤蔵の返答の中に、「愛」を感じなかった視聴者はいない。そう言いきりたくなる名シーン。ネット上には感動の嵐が吹き荒れた。
●「演出」
手を抜かないセットや道具の作り込み。レンガの町並みまで時代の雰囲気を再現。料理人という仕事へのリスペクトも伝わってきた。そして優れた演出手法の一例として、最近のドラマにはなかなか見られない「時の経過」の描き方があった。
おひなさま、鯉のぼり、紫陽花とカタツムリ。四季に託し年中行事の映像をひとつひとつはさみながら、夫婦が過ごした最後の時の経過を描き出す。日本人の暮らしをドラマで描くなら、こう表現して欲しい、という見事なお手本。本来、そうした仕事をきちんとやるべきNHKが、大河ドラマ・朝ドラでちっともできていない。TBSにお株を奪われた形に。
●「役者」
前半、病に冒された兄・周太郎を演じた鈴木亮平。20キロ減量が話題になったが、その演技は本当に鬼気迫っていた。そうした役者の凄まじい意志と努力に呼応するかのように、他の役者たちの演技もエッジが立ち、磨きがかかっていった。
篤蔵役・佐藤健の包丁さばきも凄かった。鮮やかな手もとに見とれた人は多いはず。役作りのために何ヶ月も料理学校に通い、技術を身体に叩き込む役者根性、あっぱれ。あるいは、方言がすこしずつ標準語に置き変わっていく微妙な口調の変化。声のトーンや表情によって、青年が大人になっていくプロセスを描き出した。
もちろん妻・俊子役の黒木華も、そうした役者たちの迫力に見事に呼応した。静かに死にゆくシーンでは、日本中を泣かせた。
一言でいえば、『天皇の料理番』は「ドラマのお手本」を提示した作品。これからのドラマの羅針盤の一つにもなった。逆からいえば、きっちりしたお手本が示されたために、今後比較される新ドラマはなかなか厳しい状況の下に。