夏の甲子園が8月6日に幕を上げる。今年は高校野球の全国大会が開かれて100年、節目の年でもある。そこで夏をもっと楽しむための3冊の本を、高校野球取材歴20年を越えるフリー・ライターの神田憲行氏が紹介する。
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甲子園の熱心な観戦ファンは、毎年出場校が出そろうとNHKのホームページにアクセスする。アナウンサー・小野塚康之氏の中継担当試合を確認するためである。チームや選手についての豊富な情報、朗らかで明るい口、そしてなによりも高校野球、選手への愛情が節々ににじみ出る中継をファンは心待ちにしている。
いやファンだけでなく、同じく甲子園で取材をしている記者の中にも小野塚ファンは多い。私もその一人だ。丁寧な質問、真摯な姿勢に学ぶところが多いからだ。
前書きが長くなったが、その小野塚さんの新刊が『甲子園「観戦力」をツーレツに高める本』(中公新書ラクレ)である。もう、カタカナの「ツーレツ」を見ただけで小野塚さんの「ツーレツな打球!」という声が脳内再生されてしまう。
本書ではやはりアナウンサーならではの視点、気づきが面白い。たとえば投球を描写するとき、「ピッチャー第1球を投げました」の「た」を投手の指先からボールが離れる瞬間に合わせるという。このあと打者が打てば打球音、見送れば捕手のミットが音を響き、中継は「打ちました」「アウトコース直球ストライク」というリズムになる。
ところが横浜高校時代の松坂大輔投手の場合、「投げました」の「た」のあとの間が取りにくかったという。
〈「間」が短い、ということは、スピードがあり終速が落ちない証しなのだ〉
そういうとき、場合によっては「投げました」ではなく「投げた」と短い描写に切り替える。ということはアナウンサーが描写を変えたとき、その投手の球が伸びているということである。今夏の野球中継を聞く楽しみがひとつ増えた。
選手の想い出話のなかで、我が意を大いに得たりと私が思わず膝をうったのが、91回大会で優勝した中京大中京の8番ライトの金山篤未選手を取り上げたところだった。あのチームは広島カープに入団したエース堂林翔太、安打製造器の河合完治選手などが注目を集めていたが、私も「なにげに金山ってすごくないか」「他のチームにいたら普通に3番センターだろ」などと思い、本人に取材していたのだ。
同じ思いを小野塚さんと共有できていたことがわかって嬉しい。いやこれは金山が凄いのか。とにかくそんな選手がずっと8番ライトの「ライパチ」なのだから、そりゃ、あのチームも強かったわけである。
野球中継の見所・聞き所が増え、選手話にそうそうと頷いてしまう、楽しい本である。
ちょっと前に出て売れ行き絶好調と聞くのが、『小倉ノート 甲子園の名参謀が明かす「トップチーム」の創り方』(竹書房)だ。
著者の小倉清一郎さんは、元横浜高校野球部部長で、松坂大輔投手や涌井秀章投手などを育てた「名伯楽」として知られている。私は98年に出した「ドキュメント 横浜vs.PL学園」で取材させていただいて以来、折に触れて高度な野球理論について話を伺っている。この本は小倉さんの集大成ともいうべき内容だろう。
内容は選手のスカウティングの基準から練習方法まで多岐に渡るが、この夏、高校野球をより楽しむ視点として有効なのが、まず、
〈(対戦相手の打者の)打席に入る前の素振りを見る〉
だろう。理由は、
〈だいたい自分の好きなポイントを狙って振って、嫌いなところは振らないから〉
内角のストレートをイメージしているのか、外角の変化球をイメージしているのか。素人が素振りでどこまでわかるかわからないが、目を凝らして見てみたい。
試合前のシートノックでは相手キャッチャーの肩を見る。
〈「見せ肩」なのか「本物の肩」なのか〉
シートノックの終わりなどに、捕手が盗塁を想定して二塁に送球する。そのとき1、2歩、無駄なステップを踏んでいるとき、それは「見せ肩」だという。良い送球しているようにみえて、無駄なステップを踏んでいる分だけ本番の試合では間に合わない、見せかけの肩だという意味だ。
さらに守備力を測る目安が「偽投サード」。ランナー二塁のときに、三塁ゴロでサードが一塁に投げるふりをして、ショートが三塁に入り、二塁から走ってきたランナーをタッチアウトにするプレーである。このとき投手はわざわざ三塁ベースカバーに入ろうとする仕草だけする。すると二塁走者は三塁ベースががら空きになっていると勘違いする、というわけである。