【著者に訊け】本城雅人氏/『トリダシ』/文藝春秋/1750円+税
〈四の五の言ってねえで、とりあえずニュース出せ〉──略して『トリダシ』。東西スポーツ野球部次長〈鳥飼義伸(とりかいよしいのぶ)〉の口癖であり、下品で敵も多い彼の渾名だった。実はこの鳥飼、球界に暗躍して監督人事すら動かす〈影のGM〉とも噂され、特ダネのためなら平気で人を欺く。その神出鬼没の男は後輩記者にこう発破をかける。
〈スポーツ新聞は男の読み物だ。男の興味といったら金、出世、女。その三つに関わるネタを掴んだら、本気でモノにしろ!〉
本城雅人氏自身、かつてはスポーツ紙の現場を駆けずり回り、当時の上司が主人公の造形に繋がったという。決して美しいだけではない記者の情熱が世の中をも動かした時代、果たしてそれは古き佳き時代のお伽噺なのか?
「今は球界人事に口を出す記者なんてイメージが悪いんだろうけど、要は野球をよく知ってて信頼されているから、球団も相談するんですね。僕がヤクルト番の新人記者だった1990年頃の上司がまさにそうで、部長は当時の松園直巳オーナーと親しく、デスクは野村克也監督と懇意だった。あくまで噂ですが、歴代監督の何人かはその部長が決めたとまで言われていましたね」
実は第一話から七話まで、鳥飼は各話者の上司や宿敵として登場し、鳥飼自身の心中は謎のまま。例えば「スクープ」の話者、横浜ベイズ担当で文III出の〈細谷香織〉はエースの〈倉見健次郎〉から内々に引退を明かされ、独占記事を書くが、なぜかデスクの鳥飼はそのスクープをボツにした。
倉見やその妻に失望され、引退会見を苦々しく見届けた香織に鳥飼は〈取材不足だ〉とだけ告げ、真意は一切語らないのだ。だが数日後、〈警視庁が倉見健次郎と暴力団との交際を調査〉と系列の東西新聞が報じ、香織はハタと気づく。
「彼は今なら絶対アウトなセクハラ発言も多い下品な男だから、香織が誤解するのも当然ですけどね(笑い)。そもそもここのデスクは当番制で、三人のデスクが自分の当番の日の一面を巡り鎬を削ってる。しかも東西新聞との上下関係まで絡むとなれば足の引っ張り合いなんて日常茶飯事です」