【著者に訊け】秋吉理香子氏/『聖母』/双葉社/1400円+税
人はもしかすると、騙されたい動物なのだろうか? 秋吉理香子著『聖母』は〈ラスト20ページ、世界は一変する〉と帯にある通り、俗に言う「どんでん返しに次ぐどんでん返し」を文章ひとつで見事やってのける。しかも2013年の『暗黒女子』同様、読者にはその「してやられ感」が屈辱どころか、たまらない魅力なのだから。
舞台は〈東京都藍出市〉。長くつらい不妊治療を経て、娘に恵まれた主婦〈保奈美〉と、市内の高校で剣道部副主将を務め、他校の生徒にも人気のある美形の〈真琴〉。さらに藍出署管内で起きた幼児殺害事件を追う2人の刑事〈坂口〉と〈谷崎ゆかり〉の3視点で物語は進む。
市内の幼稚園に通う4歳の男児を殺害し、屍姦した上に局部を切り取るという猟奇的な手口に町は騒然とし、まだ3歳の〈薫〉を育てる保奈美は気が気でない。〈この子を、娘を、守ってみせる〉という母心はやがて狂気を帯び、〈そのためなら何でもする〉の「何でも」が読む者を震え上がらせる、これぞ「文」の「芸」だ。
「実は私、ミステリーってほとんど読んだことがなかったんですね。特に海外では日本語の本は貴重なので、同じ本を繰り返し読むんですけど、家にあるのは谷崎や三島など、純文学中心。実際、自分でも純文学系の雑誌に投稿を重ねたほど、小説=純文学だったんですけど、結局そっち向きじゃなかったみたいで(笑い)」
その後、人に勧められてベストセラーとなったミステリー作品も読んではみたが、
「『真犯人はBじゃなくてCだって最初から書けばいいのに』とか、『あれ、日付を間違ってる?』とか、要は謎解きのスリルもどんでん返され方も全然わかってない(笑い)。でもそれが逆によかったのか、読み進めるうちに自分でも書いてみたくなって、恐る恐る書いたのが2冊目の『暗黒女子』でした」
長く映画製作に関わってきた彼女は、本書のラストシーンや『暗黒女子』で女子高生が闇鍋を囲む場面が、まずは映像で浮かぶという。
「その映像はこう展開させたら面白いとか、アイデアは思いつくんですが、書くに値するテーマが伴うまで、今回は2年がかり。やはり自分が不妊治療を経験して息子を産んだことが大きくて、この子を守るがついこの子だけを守るになったり、母親にもあるエゴや危うさが今回はトリックとたまたまうまくリンクした気はします。いわゆる叙述トリックも書いたらそうなっただけで、ほとんど無意識です」