今年3月に100歳を迎えた川崎桃太氏は現役の言語学者だ。16世紀のポルトガル人宣教師、ルイス・フロイスが、織田信長や豊臣秀吉が天下を治めていた戦国時代の日本を描写した書籍『日本史』の翻訳・研究の第一人者である。
いま、ドラマや小説で描かれる信長や秀吉のイメージは、川崎氏の研究成果によるところが大きい。今年6月には、約2年がかりで執筆した『フロイスとの旅を終えて今想うこと』(三学出版刊)を出版。一区切りをつけた。
フロイスの『日本史』との出会いは衝撃的だった。1974年、普通の人なら退職が迫り、第二の人生を迎える59歳の頃である。
当時、川崎氏の専門である言語学とは別の目的で訪ねていたポルトガル王宮図書館の古文書の中から、『日本史』の写本を偶然発見した。これは翻訳して世に知らしめる価値があると感じたが、1549年から1593年までの44年分の記録のうち、1583年から1587年までの5年分が欠けていた。
「『これでは全訳は無理だ』と一時は諦めかけた。しかし、滞在中に王宮図書館でボヤ騒ぎがあったので、仕事場を国立中央図書館に移したんです。すると、たまたまそこの書庫に欠落部分が保管されていた。まるでフロイスが私に翻訳されるのを待っていたかのように感じました」(川崎氏、以下「」内同)
後日談ではあるが、書斎のソファに取材用のボールペンを忘れた記者のもとに、京都市山科区の自宅まで出向いた労を労う手紙とともにボールペンが送り届けられてきた。
川崎氏にすれば当然のことをしただけなのかもしれないが、恐縮するとともに、真摯な生きざまに「長い人生で道を踏み外すことはなかったのか」という疑問が浮かんだ。後日電話でそのことを尋ねてみると、「ありませんねえ」ときっぱりと否定された。