実際に、馬総統は中台首脳会談の終了後、台湾に戻る機中で記者団に対し、夕食会で習主席と尖閣諸島の領有が話題になったことを明かしている。馬総統が明かしたところによると、習主席は「欧州のある首脳から『なぜそんな小さな島をめぐって争うのか』と尋ねられた」と馬氏に語りかけ、馬総統は「領土主権をめぐる問題は避けられない」と答えたとされる。
曖昧な言い方で真意が伝わりづらいが、実は、尖閣について両者が会話を交わしただけでも、日本にとっては震撼すべき事態である。
もともと台湾は、独自に尖閣の領有を主張し、日本の領土でも中国の領土でもないとしてきた。なにしろ、馬総統のハーバード大学での研究テーマは、「尖閣諸島の領有権問題」だったほどで、彼は若いころからずっと「釣魚島は中華民国のものだ」という主張を続けてきたのである。
しかし、台湾と中国が「一つの中国」ということになれば、日本に対して共闘することに何の矛盾もなくなる。しかも尖閣問題への共闘が架け橋となり、中台はより結束が強くなる。これこそが星雲大師の狙いではないか。
一方の中国側にとっても、願ってもない申し出となる。外交評論家で日台の友好団体「李登輝友の会」副会長の加瀬英明氏はこういう。
「習近平政権は現在、内政面においてうまくいっていない。江沢民派との派閥抗争が激化し、腐敗一掃運動も奏功せず、おまけに経済も失速している。
こうなると、どこの国の指導者も考えることは同じで、外交で失点を取り返そうとする。米国の圧力に負けず、南沙諸島での埋め立てを続けるのも国内ウケを狙ったもの。このタイミングで中台がタッグを組んで、尖閣問題で日本ににらみを利かせてきたという構図は否定できません」
すでに中国は挑発をはじめている。会談に前後して、5日連続で中国当局の船が尖閣周辺の海域を航行していたことが確認されているのだ。
南沙諸島への米艦派遣についても、中国メディアの一部は、「日米による中国包囲網」と、日本をセットにして批判する論調が増えている。日米中台という、太平洋のパワーバランスがここに来て急激に変わりつつあるのは間違いない。
南沙諸島の問題は、日本の貿易の海上交通にも重大な懸念を生じさせているが、もし台湾が中国大陸に飲み込まれることになれば、それどころではなく、日本のシーレーンは分断される。日本はこの習・馬会談を軽く見てはならない。
※週刊ポスト2015年11月27日・12月4日号