7世紀末、日本三戒壇(※国が僧侶に戒律を授ける壇)の1つが設置された下野薬師寺をはじめ、古来、仏教文化の中心地として栄えてきた栃木県下野市。霊験あらたかな土地として知られるが、その男の祈祷は異様だった。
「自宅の近くに八龍神を祀った社があるんだけど、その前でゴザ広げて昼も夜も拝んでんだよ。“悪霊退散!”とか叫びながら。終わると墓地に行って、ろうそく100本立てて、また念仏だ」(近隣住人)
11月26日、糖尿病を患っていた宇都宮市の今井駿くん(享年7)に適切な治療を受けさせずに死亡させたとして、下野市在住の自称祈祷師・近藤弘治容疑者(60才)が殺人の疑いで逮捕された。駿くんは昨年11月、根治の望めない重い糖尿病を発症し、両親がわらにもすがる思いで助けを求めたのが、近藤容疑者だった。
電力会社勤めの父と派遣社員の母の元、3人きょうだいの末っ子として生まれた駿くん。休日は家族みなでサイクリングやピクニックに出かける仲睦まじい一家だった。しかし、昨年秋に駿くんは体調を崩す。同年11月、県内の病院で下された病名は、「1型糖尿病」。膵臓の細胞が破壊され、インスリンの分泌が止まる難病である。1日3回のインスリン投与が生涯欠かせず、もし怠れば血糖値が上がり続け、頻脈、嘔吐、心不全の症状が表れて死に至る。幼い駿くんにとって、生命線となるインスリン注射はなによりも苦痛だった。
「保健室にインスリンを常備しておいて、休み時間のたびに打つのですが、駿くんは痛がってワンワン泣くんです。“なんでぼくだけ注射打つの?”って…。こんなことを一生続けなければいけないのかと、ご両親も本当に悩んでいました」(学校関係者)
クリスマスツリーに、《サンタさん、僕の病気を治して》と書いた紙を結ぶ駿くんを見て、両親は涙した。近藤容疑者が駿くんの母親の勤務先を訪れたのは、その矢先のことだった。「龍神による心霊治療」と書かれた名刺を母親に渡した近藤容疑者は、「不治の病も治せる」と語った。
現在の医学では、1型糖尿病は完治しないといわれる。対症療法しかないなか、注射のたびに痛みに耐えられず泣き叫ぶわが子を見て、両親は追い詰められていったという。苦悩の末、母は近藤容疑者に連絡を取った。この日から悪夢が始まった。
「腹の中に悪霊がいる。インスリンでは治らない」