ヘル朝鮮。不穏な響きを持つこの言葉が韓国の若者たちに急速に広がっている。超競争社会、就職難、自殺増加……。韓国の抱える病理は、若者たちの希望を奪い去ってしまったかのように思える。韓国在住ジャーナリスト・藤原修平氏によるレポートをお届けする。
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11月14日の午後、ソウル旧市街中心部の旧王宮前に広がる光化門広場一帯で、大規模な反政府集会が開かれた。付近の地下鉄3駅が一時封鎖され、群衆と化した集会参加者の勢いを止めるべく、ありとあらゆる措置がとられた。
韓国警察庁によれば、動員された機動隊員は2万名、投入されたバスは700台にのぼり、遮蔽壁を備えたトラック20台も出動したという。集会が始まって間もなく、今回の政治集会を主導した全国民主労働組合総連盟委員長による記者会見文の全文が群衆に向かって朗読されるなか、ある言葉が響き渡った。
「“ヘル朝鮮政府”の怠慢により若者たちは夢と希望、そして人生までも放棄せざるを得ない」
ヘル朝鮮。地獄の朝鮮を意味する言葉だ。
時を同じくして、光化門広場から北東に2kmほど離れた大学路一帯では「地獄の炎半島、ヘル朝鮮を転覆させる青年総決起集会」なるものが開かれていた。参加者である一人の青年は、「ヘル朝鮮にはつける薬がない」と手書きのプラカードを首にかける。
ヘル朝鮮は、韓国の新流行語である。初出こそ定かでないが、ネットでの書き込みで最も古いものが2012年9月である。
もともとは、今から数百年前の朝鮮時代をあげつらう意図のもとで使用されていた。たとえば、「高麗時代の平均寿命40歳、朝鮮時代の平均寿命25歳」や、「壬辰倭乱(日本名・文禄慶長の役)で20万の軍勢が攻めてきたら国が滅亡寸前にまでなった」という文脈に即して使われた。
ところが2015年6月あたりから、朴槿恵政権に不満をもつ若者たちがそれまでのヘル朝鮮のイメージを現在の韓国社会に重ね合わせるようになった。これに韓国の全国紙、東亜日報は敏感に反応し、8月21日付で「ヘル朝鮮という言葉がこれから大流行するであろう」との予測をたてた。
実際に大流行したのはそれから約一か月後。9月22日、韓国で運営されている英語版ネットメディアのコリア・エクスポゼが「韓国、汝の名はヘル朝鮮」(Korea, Thy Name is Hell Joseon)と題した記事を発信したのがきっかけだった。