戦後左翼思想の支柱である憲法九条は、国際紛争を解決する手段としての戦力は保持しないと定める。平和国家の礎を担ってきた一方で、「在日米軍」という“安全装置”なくして成立しない、との矛盾もはらんでいた。
中国の台頭や世界の警察としての米国の威信低下など国際情勢の変化は、従来の日本の安全保障のあり方に変化を促している。さて、どうする護憲派? そこでジャーナリスト・松竹伸幸氏が提唱するのは、憲法九条の枠内での自衛隊活用論という画期的な試案である。
* * *
ここ数年、護憲派が軍事戦略を持つべきことを訴え、実践している。2年半ほど前、『憲法九条の軍事戦略』(平凡社新書)を上梓したが、専門家にも通用する議論にしなければならないと考え、2014年6月には、防衛官僚40年の柳澤協二氏を代表とする「自衛隊を活かす会」の立ち上げに加わった(私は事務局長)。
自衛隊を否定する立場には立たないが、集団的自衛権や「国防軍」路線にも与せず、現行憲法の下で生まれた自衛隊の可能性を探り、活かすことが会の目的である。陸海空の自衛隊元幹部を招いて何回かのシンポジウムを開催し、2015年5月には「提言」を発表した。現在の世界においては、日本防衛と国際貢献の両面で、憲法九条の枠内での自衛隊の活かし方が可能であり、有効でもあることを呼びかけたものである。
この取り組みをめぐって、護憲派にも改憲派にも戸惑いがあるようだ。護憲派の中には、憲法違反の自衛隊を認めるのは許せないという人が存在する。改憲派にとっても、明文で自衛隊を認めないのでは、戦後続いてきたごまかしと変わらないという受け止めがある。 だが、私に言わせれば、この両派とも無責任である。
軍隊をなくすという護憲派の理想を全面否定するつもりはないが、実現するとしても遠い将来であって、それまでの間、何らかの軍事戦略を持っていないと、厳しい国際情勢に立ち向かっていけない。というより、日本周辺の平和を実現できる外交・軍事戦略を持ち、それを実践する努力をしない限り、自衛隊を縮小しようという世論だって生まれないだろう。
一方、改憲派は何十年も改憲を求めつづけており、今後もそうするのだろうが、改憲しないと軍事戦略が立てられないとなると、それまでの間は信頼するに足る戦略が存在しない状態が続くことになる。
唯一実現可能性があるのは自民党の改憲案だが、安倍首相が「国防軍」をめざすのは、「(自衛隊の名称のままでは)『自分だけを守る軍隊』と言われる場合がある。誇りを守るために変更が必要だ」(毎日新聞2013年2月16日付)という自身の発言が示すように、自国を守るためではない。国防軍の「国」とは、我が日本のことではないのだ。
冷戦時代なら、改憲派と護憲派が、お互いに理想を掲げて対峙し、日本には軍事戦略がないという構図でも良かったかも知れない。実際に軍事戦略を持つのはアメリカであって、日本はただそれに従う関係だったからだ。
だが、今はそれでは許されない。アメリカは、冷戦期はソ連の崩壊を戦略目標とし、軍事面ではそれに適合する抑止戦略(壊滅予告戦略)をとってきたが、現在、経済面で中国とは共存共栄の関係になり、新しい軍事戦略が求められるのに、それを見いだせないでいる。国際秩序構築の面でも、ISの広がりが示すように、従来型の軍事戦略が泥沼化しつつある。