2015年に亡くなった名優、故加藤武さんは文学座の舞台で役者デビューし、黒澤明監督作品や市川崑監督作品など多くの映画にも出演した。ヤクザなど怖いイメージの役柄が多かった故加藤さんが生前語った言葉を、映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』からお届けする。
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2015年7月に亡くなった加藤武は、数々の名作映画で観る者を釘付けにする名演技を見せてきた。本連載にご登場いただいた際には、その代表作の裏側を語っていただいている。
1950年代から1960年代にかけて今村昌平監督の初期作品に相次いで出演、中でも『豚と軍艦』での、戦後社会をしたたかに生き抜くヤクザの役は強烈な印象を残した。加藤と今村は大学の同期でもある。また、今村組のレギュラー俳優・小沢昭一とは中学から大学までを共に過ごした親友同士だ。
「今ヘイ(=今村)は友達だから、俺の性格を見抜いているんだ。『豚と軍艦』は獰猛なヤクザだったけど、実際の俺は獰猛でもなんでもない。顔は怖いけど、臆病で気は小さい。彼はそれをちゃんと知って、あえて人肉を食った豚を食べながら麻雀をやるような役をやらせるんだよ。
小沢は手練れ、油断も隙もない相手ですよ。しっかりしていないと、すぐに意外な所で向こう脛をかっさらってくる。もちろん、それはウケを狙っているんじゃなくて彼なりの役の必然性を持って芝居をやっている。
その芝居にびっくりしたら負けだからね、絶えず緊張感がある。こっちもアイツと共演する時はしっかりしていないと。長年の友達もへったくれもない。今ヘイはそういうのをやらせながら、ほくそ笑んでいるんだよ」
一方、1970年代になると深作欣二監督『仁義なき戦い』シリーズのヘタレな親分・打本や、市川崑監督『犬神家の一族』に始まる金田一耕助シリーズでの「よし、分かった!」と言っては素っ頓狂な推理を披露する警察といった、コミカルな役柄でも観客を沸かせている。