1月下旬のある日の早朝、高知県日高町のビニールハウスに、野球のユニフォームにスタジアムジャンパーを着た黒人の青年がいた。「ここで僕の球団が野菜を作っているんです」──。流暢な日本語でそう話すのは、西アフリカのブルキナファソ出身のサンホ・ラシィナ選手。四国の独立リーグ「四国アイランドリーグplus」の高知ファイティングドッグスに所属する内野手だ。
ラシィナ選手は、昨年の大晦日に誕生日を迎えたばかりの18歳で、表情にはあどけなさが残る。身長174センチとそれほど上背はないが、胸や腕まわり、太腿、臀部の盛り上がった筋肉は、同年代の高校球児の体つきとは明らかに異なる。50メートル走が5秒8という驚異的な走力も備えている。
ブルキナファソは国民の年間所得が日本円で約1万3000円と、世界の最貧国として知られる。ラシィナ選手は、シーズン中はリーグで定められた月10万円の選手給与をもらいながら野球に取り組んでいる。
「去年の12月には、越知町の練習場の隣りにある畑で、練習後に他の選手たちと一緒に大根をとりました。とった大根は漬け物になります。他にも、サツマイモ、タマネギなんかも育てています。試合の後に農作業することもありますよ」
球団スタッフによれば、同じ町内で約3ヘクタールの水田を無償で借り受け、毎年6月になると地元の保育園、幼稚園の子供たちと選手たちが一緒に田植えを行うという。
選手たちが育て、収穫した農作物の売り上げは、もちろん球団の収益につながる。過去には、農業高校から子牛を1頭購入し、球団スタッフが約1年半育て、食肉として球場で販売したこともあった。そうしたユニークな取り組みを続ける高知ファイティングドッグスに密着したノンフィクション『牛を飼う球団』(小学館刊)の著者・喜瀬雅則氏は、「球団再生と地方創生を同時に成し遂げた初めての球団」だと指摘する。
「2007年に高知出身の実業家・北古味鈴太郎氏がオーナーに就任し、経営難に瀕していた球団を再建するために様々な策を講じていきました。農業や畜産はもちろん、地元の小学生に選手やトレーナーが運動の基礎を教えて体力向上を実現したり、野球と観光を結びつけた“ベースボール・ツーリズム”で外国人客を呼び込んだり、医師不足に悩む地域で訪問診療に乗り出したりと、地域が抱える問題に取り組みながら多くのファンを獲得し、2011年度に黒字化を達成しました。2015年度は、1000万円を超える過去最高の黒字を見込んでいます」