「私が姿をくらませたのは、警察から“悪い奴が狙っているからひとりで出歩くな”と、警告されたからです」──肩を落としてそう語るのは、東京・六本木の曹洞宗・湖雲寺の住職A氏である。彼こそ、海千山千の不動産ブローカーたちが狙う、東京の一大ホテルプロジェクトのキーマンなのである。
一般には無名でも、この寺は不動産業界では「超」のつく目玉物件。なにしろ六本木駅から徒歩3分の交通至便の地に1200坪を有し、資産価値は100億円を超える。しかし、今ではその土地は転売を重ね、鵜の目鷹の目の外資系金融機関や不動産ブローカーが狙うトラブルまみれの土地に変わっていた。
当初、無担保状態で“きれい”だった土地は2006年、8人が地上権を設定したあたりから“汚れ”始めた。転売が繰り返され、今や寺が所有するのは、片隅の約30坪の墓地だけ。そこには10数基のお墓があり、本堂や庫裏は取り壊されて空き地となっている。
ほぼ全てを失った寺には昨年2月、管財人が入り、破産手続きが進行中だ。管財人が住職に伝えた債務総額は、44億円にものぼるという。
一体、何があったのか。住職の知人が明かす。
「Aの放蕩と事業の失敗が原因です。銀座のBというホステスに入れあげたAは、都内の高級住宅地に7億円といわれる豪邸を建てて彼女と一緒に住み始め、さらにハワイにも家を買って日本との二重生活。車が趣味で高級外車のマセラティやベントレーなども持っていた。
エステやバーなど、およそ坊さんらしくない副業に手を染め、ついでに髪まで金色に染めていたこともある。そんな放蕩に目を付けた不動産ブローカーなどが彼に群がって、資産を食い尽くしたのです」
注目すべきはセレブ住職の転落人生だけではない。この土地は2020年の東京五輪開催に合わせ、高級ホテルブランドの「ランガム」として生まれ変わることになっていたからだ。
このホテル計画は30階建てで国内最大級の規模。外資系デベロッパーの発表によれば、約222億円で取得した土地に、約500億円を投じて、1室平均50平方メートルの客室を約270室設置。広々とした豪華仕様の部屋にして、海外の富裕層を呼び込むことになっていた。ホテル不足が深刻な東京の観光業界にとって“救世主”になる予定だった。
だが、昨年末に予定していた資金決済が延期され、計画に赤信号が点滅している。
「建設計画は中止されたわけではありません。地上げが完全に終了しておらず、権利問題で話がこじれているだけ。半年間、様子を見ようということです」(ホテル関係者)
“凍結”状態となった理由のひとつが、残された墓の処理が進まないことだ。ホテルの横に雨ざらしの墓が残っていたのでは高級感は損なわれる。最大のネックになっているのは、土地の所有者であるA氏が失踪していることだ。