資産家女性の遺産をめぐる、実の娘と家政婦との裁判が行われた──。 資産家女性・吉岡初子さん(享年97)は、全財産3000万円を家政婦に残すと遺言を残し、2011年に死去した、娘たちはその遺言を無効として家政婦に一銭も渡さなかったため、家政婦の石川美津さん(仮名・68才)は裁判を起こした。
美津さんが仕えた吉岡家は映画界では有名な一家だった。美津さんは14才から、初子さんの父・吉岡重三郎氏のもとで働き、重三郎氏の死後は初子さんと夫・定美氏に仕えた。美津さんは結婚をすることもなく、1984年に定美氏が亡くなってからも、住み込みの家政婦として初子さんの身の回りの世話を続けていた。
裁判資料によると、美津さんは、《定美が亡くなる少し前から無給で働くようになった》というが、それは定美氏が亡くなる1年前に《初子が亡くなる際には一定額の退職金を支払う旨明言》しており、《初子は、自身が亡くなった際には自身の財産の全てを退職金代わりに(美津さんに)遺贈することにより亡夫の遺言を実現させようとした》のだ。美津さんはその気持ちに応えようと、2001年に初子さんが脳梗塞と脳循環障害を発症し歩行障害を抱えたときにも、介護をし献身的に尽くした。
初子さんが亡くなったのは2011年。そこで、初子さんが生前作っていた「一切の財産を美津さんに遺贈する」旨が記載された遺言が見つかった。
裁判では、娘たちが有効性に疑問を抱いていた遺言書について、当時の医師の証言や弁護士とのやりとりから、「有効」だと判断された。
《遺産も減少し、初子自身の生活も不安定な状況となりながら、一方では長年にわたり多額の援助をしてきた被告ら(娘たち)が、さらに初子の援助を受けてペナン島に移住してしまい、初子の面倒を見ることを放棄してしまった》
一方の美津さんは、《初子に常に付き従ってきた》と認め、美津さんへの感謝の念とそれまでの恩に報いる思いは、《本件遺言において実現したものと認めるのが相当》と結論づけた。つまり、「介護せず資産のみに執着する実娘と違い、献身的に仕えてきた家政婦に遺産で報おうとする心情は自然」というわけだ。