昨年末、中国・南京に慰安婦関連の新たな博物館がオープンした。当時、同地にあった旧日本軍の慰安所を再現したものだという。なぜ今、中国政府は、こうした施設を開設したのか。小誌で、精力的に中国ルポを発表するノンフィクションライター・安田峰俊氏が現地を訪れた。
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「身分証を出せ!」──警備中の武装警察に声を掛けられた。私のパスポートを怪訝な表情で何度も確認し、やっと敷地内に通してくれる。追悼と学術研究が目的の「陳列館」にしては、ずいぶんと訪問の敷居が高いようだ。まばらな観覧者に対して、各所に警備担当者が何人も立哨する様子は、この場所が持つ濃厚な「政治性」を何よりも雄弁に物語っていた。
ここは南京市の中心部。往年の中華民国総統府にほど近い、古都の趣溢れる路地裏だ。私が訪問した施設は利済巷慰安所旧址陳列館という。国営通信社・新華社によれば、この場所が「元慰安所」として“発見”されたのは2003年6月のこと。女性国際戦犯法廷での証言経験を持つ北朝鮮籍の元慰安婦・朴永心氏(故人)の証言によるものだった。
やがて、習近平が党総書記に就任した直後の2012年12月に陳列館の設置計画が具体化。現地の愛国主義教育基地・南京大虐殺記念館の分館の形で、昨年12月1日から一般公開された。
敷地面積は3000平米。屋外でまず目に入るのは、憔悴した表情を浮かべた巨大な三人の慰安婦像だ。左側のおなかの大きな女性は、雲南省で保護された当時の朴氏がモデルだという(朴氏は妊娠中に保護されたが、後に流産した)。
像の周囲には「慰安所」の建築群8棟が鎮座する。市の文物保護単位(重文)に指定されているが、元の木造建築物を壊して新築された。水滴をかたどった壁面のアートは、「日本軍国主義による人間性への蹂躙と、アジアの女性に苦難と悲しみを与えた」ことへの涙を意味するそうだ。