2月23日の正午、陽射しの中でも厳しい寒さが残る東北道のあるサービスエリア。そのレストランの中に、羽生結弦(21才)と両親の姿があった。羽生は全身を黒でコーディネート。黒いキャップ、ジャケット、パンツに、黒のハンドバッグ、スニーカー、そして黒縁のメガネ。両親と時折、笑顔を見せて会話しながら、日本を発つ前の最後の食事を楽しんでいた。
大きなトランクをいくつも乗せて父親の運転する車はその後、羽田空港へ。今シーズン最後の大一番である世界選手権(米ボストン、3月30日~4月3日)の準備のため、向かったのは、羽生のトレーニングの本拠地、カナダ・トロントだ。
昨年末、札幌の全日本選手権で4連覇を果たしてからは体のメンテナンスを中心に調整するため、約2か月間にわたって実家のある仙台などでゆっくりと過ごした。1月16日からのアイスショー「ニューイヤー・オン・アイス」(大阪)に出演したものの、試合からは3か月以上遠ざかることになる。
「四大陸選手権(19~21日)で彼の演技を見られなかったのは残念。でも当の本人はこの大会を見て、顔つきが変わったようですよ。大会2日後に日本からトロントに発って行った。世界選手権まで1か月、トロントで猛練習を積むはずです」(スケート協会関係者)
羽生の闘志に火をつけたのが、四大陸選手権でパトリック・チャン(25才)が見せた見事な演技だった。羽生がソチ五輪で金メダルを獲得するまで、男子フィギュアスケートの“絶対王者”として君臨していたのが、チャンだ。世界選手権では2010-2011年シーズンから3連覇を果たし、GPファイナルでも2度優勝している。しかも年齢は25才とまだ若い。
そのチャンが四大陸選手権で見せた演技はたしかに圧巻だった。ショートプログラム(SP)は5位と出遅れたが、フリーで世界歴代2位となる203.99点の高得点を叩き出して逆転優勝。元フィギュアスケート選手で、解説者の佐野稔氏が言う。
「フリー演技の4回転-3回転の連続ジャンプは加点がもらえるような素晴らしいものでした。また、今までは苦手としていたトリプルアクセルを2度も跳んで成功させたことは、彼の新しい挑戦です。これまでチャンはジャンプにこだわらないと言ってきましたが、羽生との差を感じ、技術力を上げてきたと感じています」
フリーの世界最高得点は羽生が昨年12月のGPファイナルで叩き出した219.48点。その時の演技と今回のチャンの演技を比較すると、技術点では羽生が120.92で、チャンは106.85。演技構成点では羽生が98.56点で、チャンが97.14点と、わずか1.42点しか差がない。羽生の全日本選手権のフリーの得点は2度の転倒などもあって183.73点にとどまっている。