認知症の問題は、家族の介護負担に注目が集まる一方、置き去りにされてきたのが、意思疎通は難しいと思われがちな「本人」の気持ちではなかったか。そこで本誌は、前代未聞の認知症当事者による座談会を開催した。
参加者は、民家を改装したデイサービス施設「NPO町田市つながりの開 DAYS BLG!」(東京都町田市)の通所者。市内で妻と2人暮らしの奥澤慎一さん(74)、建設会社勤務だった園田士郎さん(仮名、62)、神奈川県在住の片岡信之さん(仮名、64)の3人に話を聞いた。
──最初に「認知症かもしれない」と気が付いた時のことを教えてください。
片岡:それは、ズバリはわからないですね。色々あって、そうかな、そうかなと思っている間に段々物忘れが酷くなるという感じで。
色々あったうちの一つは、趣味のアマチュア無線ですね。交信の後、証明書を郵送で交換するんです。交信の最後に何月何日、相手は誰、識別信号というのを聞いておく。中学の頃から始めて、昔は会話だけで明瞭に覚えられました。それが30歳ぐらいから覚えられなくなっちゃって。メモをしないと、頭に何も残らない。
医者に若年性アルツハイマーの傾向があると言われたのが50代後半かな。それは、知りたくなかったですよ。でも、やっぱりそうか、みたいなところもあって。
〈片岡さんは妻と長男の3人暮らし。電気製品の安全性の試験に携わるエンジニアとして定年まで勤めた〉
片岡:職場ではトラブルになったことはほとんどないです。仕事だと大抵メモするでしょう。まあ、あとは多分、繕ったんだろうけど。
園田:私の場合は3年くらい前、地方の工事現場に長期出張が多かった頃ですね。家族と約束するでしょ。「お土産を買って帰るよ」とか「この日に帰るから食事しよう」とか。それをまるっきり忘れることが続き、娘にきつく怒られた(苦笑)。
他社との打ち合わせでも発言の辻褄が前の週と合わなくて「約束が違う」と突っ込まれる。そのうち、ちょっとおかしいのかなあと。
片岡:今思うと、私も似たような現象がありました。
園田:波があって、いい時もあるから誰かに気付いてもらわないとわかりづらい。
最終的には家族に言われて、医者の前で長谷川式テスト(※注1)をやったら30点満点中23点。「20点以下で認知症の疑い」と聞いていたから喜んだら、「普通の人は満点ですよ」と言われちゃって(笑い)。それで専門医のところにいった。
【※注1/長谷川式認知症テスト。認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長の長谷川和夫氏が考案した認知症か否かを判断する簡易テスト】
でも、診断が確定するまで抵抗したい気持ちがありました。だって、ぽつぽつと抜けはあっても、電車も一人で乗れるでしょ。小説も読めるし、好きな料理は自分で作っていましたから。