【書評】『小倉昌男 祈りと経営 ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』森健著/小学館/本体1600円+税
森健(もり・けん):1968年東京都生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学法学部卒業。『「つなみ」の子どもたち』、『つなみ 被災地の子どもたちの作文集』(ともに文藝春秋)で第43回大宅壮一ノンフィクション賞、本作で第22回小学館ノンフィクション大賞。
【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)
優れたノンフィクションはしばしばミステリーの形を取る。人々が疑問を抱かずに受け入れてきた通説の中に謎を嗅ぎ取り、丁寧な取材によって事実を拾い集め、柔らかな想像力によって薄いベールを一枚一枚捲り、語られなかった真実へとついに辿り着く。ヤマト運輸の元社長・会長で「宅急便」の創設者として知られる故小倉昌男。その評伝である本書はそんな作品であり、既存のものとはまったく異なる。
従来のメディアで語られてきた小倉像に、著者はどこか引っ掛かりを感じていたという。経営の第一線から身を引いてから46億円もの私財を投じて障害者福祉に取り組んだが、その明確な動機がいまひとつ伝わってこない。
「名経営者」「闘士」が通り相場だったが、一度だけインタビューしたことのある実物は哲学者のような風貌でぼそぼそと喋り、「闘士」からは程遠かった。最晩年、ガンに蝕まれ、長時間の旅行にはリスクが伴ったにもかかわらず、娘一家が住むアメリカに渡った行動にも疑問を覚えた。もしかしたら〈まだ語られていない言葉や背景〉があるのではないか。だとしたら〈本当の小倉昌男〉はどんな人物だったのか……。著者の探訪は始まった。
生前、小倉が関わった福祉関係者や今も命日に小倉を偲んで集まるヤマト関係者らの取材を進めるうちに、次第にこれまで語られてこなかった小倉像が見えてきた。小倉は宅急便事業で同業他社との競争に勝利し、訴訟まで起こして霞が関の規制と闘って勝利した。だが、著者はこう書くのだ。〈この期間、小倉はもう一つ大変な闘いを抱えていた。そして、そちらでは小倉は勝った例がなかった。戦場となっていたのは家庭だった〉。