2016年は、日本の電機大手が初めて丸ごと「外資」に買収された年として記憶されることになりそうだ。その立役者たる鴻海(ホンハイ)精密工業・郭台銘(テリー・ゴウ)会長とは何者か。
朝日新聞台北支局長として、鴻海の成長物語に接してきたジャーナリスト・野嶋剛氏の現地ルポを読めば、この男の素顔とシャープの未来がうっすらと見えてくる。
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シャープ買収を手がける鴻海精密工業(以下、ホンハイ)の本社は、台北郊外の新北市の工業団地の一角にある。
最寄りの駅からタクシーで向かったが、何度も道に迷いながら、本来なら10分ほどの距離を、30分ほどかけてようやくたどり着いた。地元のドライバーすら場所を知らない、世界最大レベルの企業と思えない貧相なビル。入口でカメラを構えると「撮影禁止だ」と血相を変えた警備員が駆けつけてきた。
徹底した秘密主義で知られるホンハイ。そのトップである郭台銘とホンハイについて、台湾のメディア関係者は口をそろえてこう形容する。
「非常不好採訪(とても取材しにくい)」
メディアには、出たいときに、出る。それが、郭台銘の一貫した対外広報のスタイルだ。財務情報も、不親切な開示に加え、多くの子会社が複雑に絡み合っており、記者どころか、外資の財務アナリストでさえ、ホンハイの経営実態を正確に読み解くのは至難の技、と言われている。
台湾のある雑誌とホンハイとの間で、こんなことがあった。その雑誌が、経営陣の一員であった当時の妻(現在は故人)が重病を患って入院した情報をキャッチし、ホンハイに確認を取った。
郭台銘から直接の打ち返しがあり、家族のプライバシーの問題なので掲載を止めるよう強硬に求めた。雑誌側が「彼女は経営陣の一員で、プライバシーとは言えない」と拒否すると、数日後、雑誌の締め切り前に、妻の退任が公示された。病気の報道は結果的に止められた、という。
当時、この経緯を目撃した人物は振り返る。
「ホンハイの何を報道するかは自分が決める。家族は守る。そんな圧倒的な『覇気』(気迫の意味)を感じました」