現代のインフラとも呼ばれる宅配便ビジネス。その最大手であるヤマトHDに、全く違った角度から光を当てた2冊のノンフィクションが話題だ。「宅急便」を創設したヤマト運輸元社長・小倉昌男氏の知られざる素顔に迫った『小倉昌男 祈りと経営』(森健・著)と今日の宅配業界の実態や問題点に迫った『仁義なき宅配』(横田増生・著)。話題書の著者2人による異色対談が実現した──。(全3回中、第1回)
──まず、森さんが「宅急便の生みの親」である小倉昌男に興味を持ったきっかけから教えてください。
森:そもそもノンフィクションライターとして長編の人物伝を書いてみたいという動機が先にありました。当初は堤清二(元西武流通グループ代表)について書きたいと思ったのですが、旧知の先輩である児玉博さん(ノンフィクションライター)が先に『文藝春秋』に評伝を発表されて、それを読んで「これはかなわないな」と諦めました。
ほかにも何人か書きたい人物がいたのですが、その年(2013年)、なぜかヤマト関連の本が年間6冊も出たのです。僕は月1回、朝日新聞でビジネス書の書評をレギュラーでやっているので、定期的な新刊チェックで気がついたのですが、「なぜこんなにヤマトの本ばかり出るのだろう」と読んでいたときに、小倉昌男に注目しました。
本書の序章にも記したように、なぜ小倉昌男が、晩年、46億円という巨額の私財を投じてまで福祉活動に傾注していったのかという疑問にぶち当たり、しかも、取材を進めると関係者がみんな、彼の「家族」の話をするので、そこに何かがあるのではないかと感じるようになったんです。つまり当初は、小倉昌男で面白い人物伝が成立するのかどうか、小倉の評伝を書くことに意義があるかさえもわかりませんでした。
横田:これまで私たちが知っている小倉昌男は「日経の小倉さん」でした。つまり、日本経済新聞が報じる「闘うカリスマ経営者」としての小倉昌男の姿しか知られていなかった。しかも日経新聞は、小倉さんのネガティブなことはあまり取り上げない(笑い)。また、小倉さんの晩年の私生活についても、彼の自著である『小倉昌男 経営学』(1999年、日経BP社)や『経営はロマンだ!』(2003年、日本経済新聞社)にはほとんど記されていない。小倉昌男の「人間らしさ」が、森さんのご著書でようやく見えてきた感じがしました。
森:僕も先日、ある方から「取材する前と後で、小倉さんの印象は変わりましたか?」と訊かれたのですが、変わったというよりは膨らんだ感じ、立体的に見えてきた感じですね。これまでの小倉昌男は「闘うカリスマ経営者」の面ばかりが強かったですが、同じ人間ですから弱い部分や迷いを抱えていた部分もある。そういうギャップが人間の面白さですよね。