「『PIPPIN』の時、帝劇の九階の稽古場で歌ったら、みんな驚いていましてね。当時は歌えない人がミュージカルに出ることが多く、役者だけやってきた人たちにはかなり難しい歌だったようですが、歌うたいにはどうってことなかったですから。
『ラ・マンチャ』もソロがあるんですが、こちらは今でも難しい。ただ僕の前は加藤武さんでその前は小沢栄太郎さん。お二人とも歌手ではないのでかなり大変だったようで、幸四郎さんは『このシーンがやっとミュージカルになりました』と言って喜んでくれました。
ですからあの時代、歌うたいであることで随分と得しました。
僕はずっと『ダメだな』と思い続けてきたように思います。やる度に反省です。それは今も昔も変わりません。でも、ふと気づいてみたら、若い頃にどうしてもできなかった芝居ができてることが稀にある。そういう時は本当に嬉しいです。でも、満足しちゃったらそれでおしまいですよね。努力しなくてもよくなっちゃう。きっと満足いかないから、芝居は絶対に飽きないんでしょうね。
ここ四、五年、『ラ・マンチャ』に入る前は『今回で最後かもしれない』とみんなで言っていたりしますよ。それでも、いつも『前の公演を少しでもグレードアップさせよう』と、みんなそれぞれ努力しています。体は年老いていくけれども、内容は向上させなきゃいけないって思って芝居に向かってます」
●かすが たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋刊)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬神家の一族」』(ともに新潮社刊)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館刊)が発売中。
◆撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年4月22日号