戦後の台湾における対日イメージの形成は、中国から渡った国民党政権の「反日」キャンペーンから始まった。李登輝時代の1990年代以降は「反日」は影をひそめ、逆に「親日」「哈日」(哈=英語で「HOT」の意味)が急速に台頭し、日本でも話題となった。そしていま「懐日」という新たな潮流が生まれつつある。
元・朝日新聞台北支局長でジャーナリストの野嶋剛氏が現地よりレポートする。
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3月上旬の台湾南部・台南は真夏のような暑さだった。「誠品書店」という台湾最大の書店チェーンのイベント会場。座席部分は満席で、立ち見も立錐の余地もないほどの人で埋まった。
お目当ては日本の「老東西(古い品)」に焦点を当てた新刊書『老物潮』(遠流出版)の著者、蘇拉図さんの新書発表会。
本を開くと、「良薬懐中 銀粒と小粒 仁丹」や、「火傷・挫傷・頭痛のメンソレータム」、「殺虫液 キンチョール」など、日本統治時代に作られた宣伝用の小さなブリキ製の看板の写真がずらりと並ぶ。これらを長年こつこつと収集してきた蘇拉図さんが、一つひとつ軽妙な解説を加えて、聴衆を沸かせた。
同書は、清朝や戦後初期の「老東西」も含めた本になっているが、中心は日本時代の品々。蘇拉図さんは1976年生まれで、現在の馬英九・国民党政権では本名の「蘇俊賓」の名で党の要職にある。政府のスポークスマンも務めた若きエリートだ。台南で大学教育を受けた頃から「懐日」の品々を集めることに夢中になった。台南の旧日本家屋までセカンドハウスに購入している。
蘇拉図さんは「古い日本」に惹かれる理由をこう語る。
「日本は、この台湾に多くのものを残しました。古い品々は、あの時代、確かに台湾が豊かさの中で生きていた証明でもあり、私の祖父や祖母の世代の台湾人が大事にしたものを感じ取れる手がかりです。政治とは関わりなく、収集は台湾に生きる人間として自分の文化の根源を自覚する作業です」
人口188万人の台南は日本時代に残された建築の宝庫だ。「旧気象庁」「旧武徳殿」「旧台南州庁」など日本時代の建築物が密集する台南の繁華街は、まるで戦前の日本にタイムスリップした錯覚に陥るほどだ。その一角にあるデパート「林百貨」は一昨年リニューアルオープンされ、懐日ブームの先頭を行く観光地として連日多くの人で賑わう。